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週刊 司馬遼太郎 街道をゆく NO.31 〜 NO.50
週刊 司馬遼太郎 街道をゆく NO.51 〜 NO.60 ( 欧州編 : NO.1 〜 NO.10 ) / 関 連

雑誌名 : 週 刊 司 馬 遼 太 郎  街 道 を ゆ く  NO.31 〜 NO.50

NO.31 2005年8月28日号  北国街道と その脇街道 [ 滋賀県 福井県 ]  賤ケ岳の戦いの舞台
【 表紙 】 杉津の遠望 ( 桑原英文 )
核心抄録:「『愛発(あらち)の関』という関門がもうけられていた 」/ 「 街道 」を読み解く 31松本健一
ひと目でわかる 北国街道と その脇街道 ( 旅の時期 : 1973年2月20日〜21日 )/
抄録 1:「 北陸において日本史にもっとも重大な影響をあたえたものはこの大山塊ではないか 」/
その歴史館野和己 / その人物九代目 右近権左衛門右近了一
リレー紀行 31 山口文憲がゆく「 西近江路 」/
抄録 2 :「 ―ワレ大勝ヲ得タリ。 といって、単騎かけだした 」/ その人物柴田勝家安西篤子
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 31 賤ケ岳の戦い / その民俗神崎宣武
抄録 3 :「 境内に梅の老樹が植えられていて、梅も柵も雨に濡れていた 」/
コラム吉田俊純 / 司馬さんの風景 31 司馬さんのこだわり : 中西進
司馬さんの参考文献 31論集 日本文化の起源 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1973.3.16号〜5.18号 / 街道を旅するために
「 街道 」の植物 C アッケシソウ : 写真・文 = 木原浩
NO.32 2005年9月4日号  仙台 ・ 石巻 [ 宮城県 ]  「 奥州王 」 政宗の都
【 表紙 】 仙台城跡の伊達政宗騎馬像 ( 東北カラーエージェンシー )
核心抄録 :「 この地の近世の原形は、伊達政宗がつくったとしかおもえない 」/
「 街道 」を読み解く 32松本健一 / ひと目でわかる ( 旅の時期 : 1985年2月25日〜28日 )/
抄録 1 :「 仙台藩はそれほど 沃土(よくど)だった 」/ その歴史難波信雄
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 32 支倉常長、ローマへ /
抄録 2:「 桃山風の建築に接したければ仙台へとゆけといいたいほどである 」/ その風土濱田直嗣
その文化黒田龍二 / 抄録 3:「 芭蕉もまた、中世の歌枕の地を踏むべく、白河の関を越えるのである 」/
リレー紀行 32 立松和平がゆく 「 奥の細道 」/ その歴史平川南 / 『仙台 ・ 石巻』 小事典
その人物魯迅阿部兼也 / 司馬さんの風景 32 ワキ僧が 呼び出す人影 : 樋口陽一
街道を旅するために「アルバム」( 昭和60年 (1985) 2月25日〜28日 写真 佐久間陽三 文 藤谷宏樹 )/
司馬さんの参考文献 32武江(ぶこう)年表 」:内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1985.4.5号〜7.5号 / 「 街道 」の植物 D フキノトウ : 写真・文 = 木原浩
NO.33 2005年9月11日号  オホーツク街道 [ 北海道 ]  謎の海洋民族
【 表紙 】 流氷とアザラシ ( 世界文化フォト )
核心抄録:「私ども日本人の体のなかに、北の海で海獣と格闘してきたオホーツク海人≠フ血も入っている」/
「 街道 」を読み解く 33松本健一 / ひと目でわかる オホーツク街道(旅の時期:1991年9月、92年1月)/
抄録 1 :「 日本史学に、オホーツク人≠ェ登場する瞬間である 」/ その歴史野村崇
抄録 2 :「 ウイルタもアイヌも私どもも、おなじ仲間なのである 」/ その文化津曲敏郎
コラム関野吉晴 / 司馬さんの風景 33 心をこめて研究者を紹介 : 森浩一
抄録 3 :「 このまま走れば―海に道路があれば―あと一時間で樺太(サハリン)に着くはずである 」/
その風土宇田川洋 / リレー紀行 33 島田雅彦がゆく 「 流氷のみち 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 33 間宮林蔵の樺太探検 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 33 「 東蝦夷日誌 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1992.4.3号〜12.18号 /
「 街道 」の植物 E シャリンバイ : 写真 ・ 文 = 木原浩
NO.34 2005年9月18日号  中津・宇佐のみち 豊後・日田街道 [ 東京都 ] 諭吉を育んだ豊の国
【 表紙 】 由布岳 ( 竹内康則 )
中津 ・ 宇佐のみち 核心抄録 :「 まことに豊(とよ)の国というほかない 」/
「 街道 」を読み解く 34松本健一
ひと目でわかる 中津 ・ 宇佐のみち( 旅の時期 : 1989年5月31日〜6月3日 )
  豊後 ・ 日田街道 ( 旅の時期 : 1975年8月3日〜6日 )/
中津 ・ 宇佐のみち 抄録 1 :「 ことごとく 古代の風が、吹き わたっている 」/
中津 ・宇佐のみち その歴史飯沼賢司
中津 ・ 宇佐のみち 抄録 2 :「 しかし、諭吉が代わって悲しむのである 」/
中津 ・ 宇佐のみち その人物福澤諭吉三重野勝人
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 34 鎮房(しげふさ)謀殺 / 中津 ・ 宇佐のみち コラム豊田寛三
『中津 ・ 宇佐のみち』 『豊後・日田街道』 小事典
豊後 ・ 日田街道 抄録 :「 雑草までが当主の思想にくるまれているのではないか 」/
豊後・日田街道 その歴史三浦祥子 / 豊後 ・ 日田街道 その風土末広利人
リレー紀行 34 岸本葉子がゆく 「 由布院 ・ 日田 」/
司馬さんの風景 34 司馬さんの「発見」:中西進 / 司馬さんの参考文献 34 「豊国紀行」:内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 中津 ・ 宇佐のみち 1989.8.18号〜11.3号
  豊後 ・ 日田街道 1975.9.5号〜11.7号 / 街道を旅するために
「 街道 」の植物 F キイジョウロウホトトギス : 写真・文 = 木原浩
NO.35 2005年9月25日号  中国 ・ 蜀と雲南のみち [ 成都 昆明 ]  少数民族の天地
【 表紙 】 雲南省の山羊飼い ( 内藤利朗 )
核心抄録 :「 極端にいえば、もともと漢民族というものはそんざいしなかった 」/
「 街道 」を読み解く 35松本健一
ひと目でわかる 中国 ・ 蜀と雲南のみち( 旅の時期:1981年6月 )/
抄録 :「 平地の漢民族にとって、蜀へは、行くのではなくよじのぼる のである 」/
その歴史井波律子 / その風土藤田勝久 / 司馬さんの風景 35 「タケノコ飯」が好きだった:森浩一
抄録 1 : 雲南省は、僻地などというなまやさしいものではなく、天涯であった 」/
その文化佐藤洋一郎 / その人物鄭和(ていわ)宮崎正勝
抄録 2 :「 少数民族は、その血液と文化を中国文明というるつぼのなかに熔けこませた 」/
その風土長谷川清 / リレー紀行 35 沢木耕太郎 がゆく 「 昆明への道 」/
「 アルバム 」( 昭和56年 (1981) 6月 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 35 『 三国志 』/ 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 35 「 和漢三才図会 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1982.3.19号〜9.3号 / 「 街道 」の植物 G ベニバナ : 写真・文 = 木原浩
NO.36 2005年10月2日号  横浜散歩 [ 神奈川県 ]  横浜開港の光と影
【 表紙 】 横浜港大さん橋ふ頭の夕景 ( 森日出夫 )
核心抄録 :「 日本国の命運とじかにかかわらざるをえなかった 」/ 「 街道 」を読み解く 36松本健一
ひと目でわかる 横浜散歩 ( 旅の時期 : 1982年9月12日〜14日 )/
抄録 1 :「 舞台の装置のなかにいるようで、芝居をしているような気がしてくる 」/
その歴史加藤祐三 / 抄録 2 :「 これによって、横浜の居留地も、居留地文化の時代もおわった 」/
その文化斎藤多喜男
写真と資料で見る「 横浜( 山下 )外国人居留地 」 監修 : 斎藤多喜男 写真 : 横浜開港資料館蔵 / 
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 36 『 横浜開港 』/
横浜散歩 抄録 3 :「 たしかに、このまちは日本の他の都鄙(とひ)と異っている 」/
「 ギャラリー 」( 昭和57年 (1982) 9月12日〜14日 イラスト 須田剋太 文 畠山哲明 ) /
その歴史石井寛治 / その人物長谷川伸平岩弓枝 / リレー紀行 36 関川夏央 がゆく 「 横浜 」/
街道を旅するために / 司馬さんの風景 36 三島由紀夫との淡い交流 : 山野博史
司馬さんの参考文献 36 「 日本奥地紀行 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1982.11.26号〜12.24・31号 /
「 街道 」の植物 H コバギボウシ : 写真・文 = 木原浩
NO.37 2005年10月9日号  洛北諸道 丹波篠山街道 [ 京都府 兵庫県 ] 本能寺の変、行軍の道
【 表紙 】 大原野の竹林 ( 水野克比古 )
洛北諸道 核心抄録 :「 この村はことごとく鞍馬寺の僧兵の子孫たちといっていい 」/
「 街道 」を読み解く 37松本健一
ひと目でわかる 洛北諸道( 旅の時期 : 1972年9月10日〜11日 )
  丹波篠山街道 ( 旅の時期 : 1972年ごろ )/
洛北諸道 抄録 :「 私は鞍馬街道というと、このスタスタ坊主をおもいだしてしまう 」/
洛北諸道 その歴史石川知彦 / リレー紀行 37 立松和平 がゆく 「 洛北 」/
丹波篠山街道 抄録 1 :「 闇夜にうちあげられた大輪の花火を見るように綺麗ではかない 」/
丹波篠山街道 その歴史藤田達生 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 37 明智光秀の苦悩 /
丹波篠山街道 その文化島薗進 / 丹波篠山街道 抄録 2 :「 霧の日の朝にこの石垣の上に立てば
  生涯忘れがたい風景になるのではないか 」/ 丹波篠山街道 その人物柳宗悦杉山享司
丹波篠山街道 その風土中西薫 / 街道を旅するために
司馬さんの風景 37  山伏と「 むほん 」を思う道 : 上田正昭
司馬さんの参考文献 37 「 大日本史 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 洛北諸道 1972.10.6号〜11.17号 丹波篠山街道 1973.1.5号〜2.2号 /
「 街道 」の植物 I ヤマブドウ : 写真・文 = 木原浩
NO.38 2005年10月16日号
砂鉄のみち [ 鳥取県 島根県 岡山県 ]  たたら踏む民と神々の山
【 表紙 】 船通山(鳥上山)山頂 ( 加茂栄三 )
核心抄録 :「 まことに砂鉄は、私にとってここ数年の 屈託である 」/
「 街道 」を読み解く 38松本健一 / ひと目でわかる 砂鉄のみち ( 旅の時期:1975年1月6日〜8日 )/
抄録 1 :「 安木にはなお、古代以来の 製鉄システムが 生きているのである 」/ その歴史窪田蔵郎
コラム黒滝哲哉 / 砂鉄のみち その風土石塚尊俊
抄録 2 :「 朝鮮諸国から招ばれたかれらの多くは飛鳥・白鳳文化をささえる技術者になってゆく 」/
その文化香取忠彦 / その人物金達寿川村湊
司馬さんの風景 38 さりげない気配り:李進熙(ジンヒ)
抄録 3 :「 製鉄業者はまぼろしのように 掻き消えたまま、伝承ものこさないのである 」/
その歴史 (2) : 光永真一 / リレー紀行 38 佐々木譲 がゆく 「 砂鉄のみち 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 38 森忠政の鉄盾 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 38鑪と鍛冶 」:内田忠賢【「 街道 」が書かれた時代 】 1975.2.28号〜5.23号 /
「 街道 」の植物 J ハヤトウリ : 写真・文 = 木原浩
NO.39 2005年10月23日号
中国・ビン ( 門ガマエ に 虫 ) のみち [ 福建省 ]  マルコ ・ ポーロのまち
【 表紙 】 コロンス島から見た厦門 ( 染谷學 )
核心抄録 :「 ポーロは、泉州(ザイトン)が世界最大の海港の一つだという 」/ 
「 街道 」を読み解く 39松本健一
ひと目でわかる 中国・ビンのみち( 旅の時期:1984年4月2日〜10日 )/
抄録 1 :「 武夷(ぶい)山の断崖は、鳥のみが翔(か)ける天空である 」/ その風土秋山元秀
その文化金丸良子 / 抄録 2 :「 アラビヤやヨーロッパの石造の砦のなかに入ったような感じがした 」/
その文化 (2) : 佐々木睦 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 39 危険な思想家 李卓吾(たくご) /
抄録 3 :「 十九世紀の居留地時代の華やぎを反映している 」/
その人物鄭芝龍(ていしりゅう) 鄭成功林田芳雄 / コラム山下清海
「 アルバム 」 ( 昭和59年 (1984) 4月 写真 長谷忠彦・藤谷宏樹 文 藤谷宏樹 )/
リレー紀行 39 立松和平がゆく 「 泉州 」/ 司馬さんの風景 39 「 田舎 」とおもいがちな地に:森浩一
司馬さんの参考文献 39焼畑のむら 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1974.8.10号〜12.28号 / 街道を旅するために
「 街 道 」の植物 K ハマナス : 写真・文 = 木原浩
NO.40 2005年10月30日号 十津川街道 大和丹生川(西吉野)街道 [奈良県] 秘境が生んだ十津川郷士
【 表紙 】 十津川の流れ。 中央に見えるのは、奈良県立十津川高校 ( 桑原英文 )
十津川街道 核心抄録 :「 全村が武士だと大山魂の中で思いこんできた 」/
「 街道 」を読み解く 40松本健一
ひと目でわかる 大和丹生川(西吉野)街道( 旅の時期:1975年9月7日〜8日 )
  十津川街道 ( 旅の時期 : 1977年9月12日〜14日 )/
十津川街道 抄録 1:「住民としての本来の道理のためによく堪えた」/ 十津川街道 その歴史下野拓也
十津川街道  その人物上平主税松實豊繁 / 『 十津川街道 』 小事典
十津川街道 抄録 2 :「 中世の意識が、生きた化石のように十津川郷に遣(のこ)り、
  この郷の歴史をつらぬいてきた 」/
十津川街道  その風土野間晴雄 / 十津川街道  その歴史中西康廣
リレー紀行 40 佐野眞一がゆく 「 十津川街道 」/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 40 天誅組の悲劇 /
大和丹生川(西吉野)街道 抄録 :「 日本の村里のなかでも景観の美しい村の仲間に入るだろう 」/
大和丹生川(西吉野)街道 その自然桑原英文 / 司馬さんの風景 40  古層としての十津川:辻井喬
「 アルバム 」 十津川街道 ( 昭和52年 (1977) 9月12日〜14日 写真提供 ・( 文? ) 橋本申一 )/
街道を旅するために / 司馬さんの参考文献 40 「 増補 大日本地名辞典 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 十津川街道 1977.10.14号〜78.1.27号
  大和丹生川(西吉野)街道 1975.11.14号〜11.28号 /
「 街道 」の植物 L ユウスゲ:写真・文 = 木原浩
NO.41 2005年11月6日号 阿波紀行 明石海峡と淡路みち [ 徳島県 兵庫県 ] 一本釣りのふるさと
【 表紙 】 堂浦付近の 小鳴門海峡 ( 佐藤秀明 )
阿波紀行 核心抄録 :「 技術があって、モノができてゆけば、たれに頭をさげる必要もない 」/
「 街道 」を読み解く 41松本健一
ひと目でわかる 明石海峡と淡路みち ( 旅の時期:1974年11月 )  阿波紀行 ( 旅の時期:1988年2月 )/
阿波紀行 抄録 1:「 堂浦の一本釣りの技術は、遠く五島列島から対馬までつたわったという 」/
阿波紀行 その歴史根津寿夫 / 阿波紀行 その民俗森本孝
阿波紀行 抄録 2 :「 日本女性の振りのなかでもっとも色っぽいのではないか 」/
阿波紀行 その文化三好昭一郎 / 阿波紀行 コラム佐藤昭人
リレー紀行 41 夢枕獏がゆく 「 吉野川 」/
明石海峡と淡路みち 抄録 :「 百姓どもがつくる国家など何するものぞという気概を持っていた 」/
明石海峡と淡路みち その風土谷川健一 / 司馬さんの風景 41  明石海峡往来に胸躍らせる:山野博史
「 アルバム 」 阿波紀行 ( 昭和63年(1988)2月 写真 浅井聡、内田洋司 文 浅井聡 )/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 41 高群(たかむれ)逸枝 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 41 「 祖谷山(いややま)日記 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 阿波紀行 1988.4.15号〜7.1号
  明石海峡と淡路みち 1974.12.13号〜75.2.21号 /
「 街道 」の植物 M シキミ : 写真・文 = 木原浩
NO.42 2005年11月13日号 熊野・古座街道 境・紀州街道 [和歌山県 大阪府] 熊野という隠国(こもりく)へ
【 表紙 】 小雲取越の百間座から見た熊野の山々 ( 戸澤裕司 )
熊野 ・ 古座街道 核心抄録 :「 いかにも隠国(こもりく)という感がふかい 」/
「 街道 」を読み解く 42松本健一
ひと目でわかる 熊野 ・ 古座街道( 旅の時期 : 1975年4月 )
  境 ・ 紀州街道 ( 旅の時期 : 1973年2月 )/
熊野 ・ 古座街道 抄録 1 :「 二、三キロも入れば鬱全(うつぜん)とした樹叢で、
  梢にも根方にも太古の気がひそんでいる 」/
熊野・古座街道 その風土宇江敏勝
熊野 ・ 古座街道 抄録 2 :「 古座街道沿いの家並は、ほとんど大正期から時間が
  停止しているように古寂びている 」/
熊野 ・ 古座街道 その文化岩田重則 / リレー紀行 42 黒川創がゆく 「 新宮 ・ 中辺路 ・ 田辺 」/
司馬さんの風景 42 ( 熊野 ・ 古座街道 ) 人間教育の根本を考える : 山折哲雄
  ( 境 ・ 紀州街道 ) 日本の未来を見る場所だった : 鶴見俊輔
境 ・ 紀州街道 抄録 :「 日本に 例外的に存在した自由都市の見果てぬ夢をふくんでいる 」/
境 ・ 紀州街道 その人物千利休村井康彦 / 境 ・ 紀州街道 その歴史吉田豊
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 42 団右衛門、宗固に首を討られ / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 42 「 フロイス 『 日本史 』 」 : 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 熊野 ・ 古座街道 1975.6.20号〜8.29号
  境 ・ 紀州街道 1973.2.9号〜3.9号 /
「 街道 」の植物 N ブナ : 写真・文 = 木原浩
NO.43 2005年11月20日号  羽州街道 [ 山形県 ]  芭蕉と歩く道
【 表紙 】 山寺・立石寺 ( 東北カラーエージェンシー )
核心抄録 :「 山峡をくろぐろとして流れる最上川の色も速さも記憶している 」/
「 街道 」を読み解く 43松本健一 / ひと目でわかる 羽州街道 ( 旅の時期:1976年9月23日〜26日 )/
抄録 1 :「 芭蕉はこの山の奥の院まで登った 」/ その人物松尾芭蕉堀切実
その風土渡部俊三 / リレー紀行 43 赤瀬川原平がゆく 「 羽州街道 」/
抄録 2:「わたしは、上杉景勝という人物を、謙信や直江兼続のはなやかさよりも好きであるかもしれない」/
その人物直江兼継童門冬二 / その風土菅洋
抄録 3:「 封建時代の山形は、植木鉢に似ている 」/
その歴史横山昭男 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 43 死士 ・ 清河八郎 /
「 アルバム 」 羽州街道 ( 昭和51年 (1976) 9月23日〜26日 写真提供 橋本申一 文 遠藤賢太郎 )/
司馬さんの風景 43 多面の結晶体にも似た山形 : 樋口陽一 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 43万葉集 」:内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1976.10.22号〜12.24号 /
「 街道 」の植物 O フジバカマ : 写真・文 = 木原浩
NO.44 2005年11月27日号  耽羅紀行 [ 韓国 ・ 済州島 ]   常世の国 済州島へ
【 表紙 】 約3万坪ある城山日出峰の火口 ( ユニフォト・プレス )
耽羅紀行 核心抄録 :「 済州島は、古代、耽羅という独立国だったのである 」/
「 街道 」を読み解く 44 松本健一 / ひと目でわかる 耽羅紀行(旅の時期:1985年10月〜11、12月)/
耽羅紀行 抄録 1 :「 こういうよきひとびとを生んだ土地に行ってみたい 」/
耽羅紀行 その歴史 : 文 = 横山昭男 訳 = 梁聖宗
耽羅紀行 抄録 2 :「 北へ帰る日をまちつづけるという気分も、
  この恋北ということばにはまじっていたにちがいない 」/
耽羅紀行 その風土川村湊 / 耽羅紀行 コラム金石範
耽羅紀行 抄録 3 :「 女たちがシャーマニズムによって神をたのみ、
  鬼をなぐさめるのである 」/
司馬さんの風景 44 済州島への旅を共にして : 姜在彦 / 耽羅紀行 その人物泉靖一藤本英夫
リレー紀行 44 関川夏央がゆく 「 済州島 」/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 44 流罪の地、恋北亭 /
「 アルバム 」 耽羅紀行 ( 昭和60年 (1985) 10月〜11月、12月 写真 佐久間陽三 文 藤谷宏樹 )/
司馬さんの参考文献 44 済州島 」:内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 耽羅紀行 1986.3.21号〜9.19号 / 街道を旅するために 『 耽羅紀行 』/
「 街道 」の植物 P ヤブツバキ : 写真・文 = 木原浩
NO.45 2005年12月4日号  河内みち 大和 ・ 壺坂みち [ 大阪府 奈良県 ] 楠木正成の聖地
【 表紙 】 壺阪寺 ( 染谷學 )
河内みち 核心抄録 :「 日本史上最初のイデオロギストで あったかもしれない 」/
「 街道 」を読み解く 45松本健一
ひと目でわかる  大和 ・ 壺坂みち ( 旅の時期 : 1973年ごろ ) 河内みち ( 旅の時期 : 1972年ごろ )/
河内みち  抄録 1 :「 河内はほとんど抽象化されたほどに高貴な山河であった 」/
河内みち その人物楠木正成海津一朗
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 45 神出鬼没の楠木正成 / 河内みち その歴史小島孝之
河内みち 抄録 2:「 無用の来訪者に対して無言の意志を示している 」/ 河内みち その文化弓野隆之
大和 ・ 壺坂みち 抄録 :「 時間はすべてゆるやかに流れているらしい 」/
大和 ・ 壺坂みち その風土森本修平 / 大和 ・ 壺坂みち その歴史冨田真二
リレー紀行 45 岸本葉子がゆく 「 大和 ・ 壺坂みち 」/ 街道を旅するために
司馬さんの風景 45 司馬さんの後ろ姿 : 中西進
司馬さんの参考文献 45 「 一遍聖(ひじり)絵 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 河内みち 1972.8.11号〜9.29号 大和・壺坂みち 1973.6.22号〜7.20号 /
「 街道 」の植物 Q スイセン : 写真・文 = 木原浩
NO.46 2005年12月11日号 飛騨紀行 郡上・白川街道と越中諸道 [岐阜県 富山県]「 飛騨の匠 」の里
【 表紙 】 飛騨の合掌造りの家 ( JTBフォト )
飛騨紀行 核心抄録 :「 生産性がひくかったればこそ、文化が沈殿し、いい酒のように熟成された 」/
「 街道 」を読み解く 46松本健一
ひと目でわかる 飛騨紀行( 旅の時期 : 1986年10月 )
  郡上 ・ 白川街道と越中諸道( 旅の時期 : 1972年10月 )/
飛騨紀行 抄録 1 :「 飛騨の匠という伝承の彩雲のかかったようなことばは、私どもには魅力的である 」/
飛騨紀行 その歴史田中彰 / 飛騨紀行 その人物金森宗和谷晃
飛騨紀行 抄録 2 :「 思わずノートに『 飛騨随一ノ町並也 』などとメモしたりした 」/
『 飛騨紀行 』『 郡上・白川街道と越中諸道 』 小事典 / 飛騨紀行 その風土津村泰範
リレー紀行 46 中上紀がゆく 「 飛騨紀行 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 46 飛騨の狐―三木自綱(よりつな) /
郡上 ・ 白川街道と越中諸道 抄録 :「 この国の 民俗生活の諸道具というものは、
  中国や朝鮮よりよほどすぐれているのではないか 」/
司馬さんの風景 46  同行者の力 : 鶴見俊輔
郡上 ・ 白川街道と越中諸道 その人物東常縁(つねより)金子徳彦
「 アルバム 」 飛騨紀行 ( 昭和61年 (1986) 10月 写真 内田洋司 文 浅井聡 )/
司馬さんの参考文献 46 「 古代日本の交通路 T 〜 W 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 飛騨紀行 1987.2.13号〜4.17号
  郡上 ・ 白川街道と越中諸道 1972.11.24号〜12.29号 /
街道を旅するために / 「 街道 」の植物 R ハスノハギリ : 写真・文 = 木原浩
NO.47 2005年12月18日号  肥前の諸街道 [ 福岡県 佐賀県 長崎県 ] 南蛮人が開いた貿易港
【 表紙 】 平戸の寺院と教会の見える風景 ( 戸澤裕司 )
核心抄録 :「 浦々は紅毛南蛮の文化の受入れ口になった 」/ 「街道」を読み解く 47松本健一
ひと目でわかる 肥前の諸街道 ( 旅の時期 : 1977年1月、3月 )/
抄録 1 :「 日本が普遍的文明というおそるべきものに触れた最初の経験であったといっていい 」/
その風土海津一朗 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 47 蒙古襲来 /
抄録 2 :「 本来、士庶ともに海賊の末裔なのである 」/
その人物ウィリアム・アダムス ( 三浦按針 )鳥井裕美子
抄録 3 :「『 長崎 』の成立の運命というのは、ポルトガルの盛衰とかさなっている 」/
その歴史五野井隆史 / 『 肥前の諸街道 』 小事典
司馬さんの風景 47 『 韃靼疾風録 』のための助走路 : 山野博史
その人物フランシスコ・ザビエル、コスメ・デ・トレース加賀乙彦
リレー紀行 47 島田雅彦がゆく「 佐賀 ・ 平戸 ・ 福岡 」/ 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 47『 平戸オランダ商館の日記 』 全四巻 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1977.4.6号〜8.19号 / 「 街道 」の植物 S トチノキ : 写真・文 = 木原浩
NO.48 2005年12月25日号  秋田県散歩 [ 秋田県 ]  東北の巨大な精神
【 表紙 】 旧奈良屋住宅 ( 林正樹 )
核心抄録 :「 奥州 ・ 羽州には、しばしば人間の蒸留酒≠ニおもわれるような人がいる 」/
「 街道 」を読み解く 48 松本健一 / ひと目でわかる 秋田県散歩( 旅の時期:1986年6月26〜28日 )/
抄録 1 :「 芭蕉の感覚では、象潟の水景は雨に似合うのである 」/ その歴史長谷川成一
秋田県散歩 その人物 − 菅江真澄菊池勇夫
抄録 2 :「 もっとも数奇だったのは、安藤昌益の発見といわねばならない 」/
その人物安藤昌益若尾正希 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 48 安藤昌益の発見 /
コラム曽根原理 / 司馬さんの風景 48 碩学の学風讃歌 : 山野博史
抄録 3 :「 湖南は世界の古今をおおう感覚をもっていた 」/ その文化寺田隆信
リレー紀行 48 熊谷達也がゆく「 秋田 」/
「 アルバム 」 ( 昭和61年(1986)6月 写真 内田洋司  文 浅井聡 )/
司馬さんの参考文献 48奥の細道 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1986.9.26号〜1987.2.6号 / 街道を旅するために
「 街道 」の植物 21 カラタチ : 写真・文 = 木原浩
NO.49 2006年1月1日号 因幡(いなば)・伯耆(ほうき)のみち [ 鳥取県 ] 後醍醐天皇、倒幕挙兵の地
【 表紙 】 弓ケ浜から望む夜明けの大山 ( 世界文化フォト )
核心抄録: 伯耆の人気(じんき)は、因幡とは別趣のものらしい 」/ 「 街道 」を読み解く 49 松本健一
ひと目でわかる 因幡 ・ 伯耆のみち ( 旅の時期 : 1985年5月26日〜30日 )/
抄録 1 :「 因幡国は、主として千代(せんだい)川 一川の流域より成っている 」/ その文化中山和之
その民俗尾崎麻理子抄録 2 :「 名和一族の 数奇な運命は このときから はじまる 」/
その歴史新井孝重その人物亀井コレ(玄+玄)矩(これのり)長岡健二
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 49 山中鹿之介の戦い /
抄録 3 :「 ここに 神仏習合の修験(しゅけん)の徒がこもるようになり、
 『 大山(おやま) 』を呉音で『 大山(だいせん) 』と音(おん)ずるようになった 」/
コラム藤谷実道 / 『 因幡・伯耆のみち 』 小事典リレー紀行 49 道浦母都子がゆく 「 因幡・伯耆 」/
「 アルバム 」( 昭和60年 (1985) 5月26日〜30日 写真 佐久間陽三 文 藤谷宏樹 )/
司馬さんの風景 49 碩学の学風讃歌 : 上田正昭 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 49 「 群書類従 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1985.7.26号〜11.8号 / 「 街道 」の植物 22 マコモ : 写真・文 = 木原浩
NO.50 2006年1月8/15日号  濃尾参州記 [ 愛知県 ]  信長 ・ 家康が駆けた地
【 表紙 】 名古屋城 ( 中島優子 )
核心抄録 :「 名古屋については、信長から書きはじめたい 」/ 「 街道 」を読み解く 50 松本健一
ひと目でわかる 濃尾参州記 ( 旅の時期 : 1995年10月、1996年1月 )/
抄録 1 :「 まことに信長にとって死をまねく大軍が駸々乎として迫っている 」/ その風土林董一
その文化馬嶋慶直 / 抄録 2:「 山中に道路網を張ることによって、松平郷は一変したのにちがいない 」/ その歴史新行紀一 / コラム清水義範 / リレー紀行 50 森浩一がゆく「 東海 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 50 臆病者 ・ 徳川家康 /
司馬さんの風景 50 美しい隠れ家のたたずまい : 安野光雅
「 アルバム 」 ( 平成7年 (1995) 10月、平成8年 (1996) 1月 文・写真 長谷忠彦 )/
歴代担当編集者による座談会 司馬さんと歩いた二十五年 : 藤谷宏樹 × 浅井聡 × 村井重俊 × 山崎幸雄
街道を旅するために / 司馬さんの参考文献 50 「 蕪村全集 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1996.1.19号〜3.15号 / 「 街道 」の植物 23 クサギ : 写真・文 = 木原浩

雑誌名 : 週 刊 司 馬 遼 太 郎  街 道 を ゆ く  NO.51 〜 NO.60
( 欧州編 : NO.1 〜 NO.10 )

NO.51 2006年1月22日号  愛蘭土紀行 1 [ アラン島 ゴールウェイ ] 妖精の国アイルランド
欧米編 1   【 表紙 】 アラン島の断崖 ドン ・ エレガンス ( JTBフォト )
核心抄録 :「 アイルランド人は、客観的には百敗の民である 」/ 「 街道 」を読み解く 51松本健一
ひと目でわかる 愛蘭土紀行 1 ( 旅の時期 : 1987年3月23日〜4月15日 )/
抄録 1:「 ともかくも大飢饉がアイルランド人を大量にアメリカに送り、
  多くの分野で才能の華をひらかせた 」/
その歴史高神信一 / その文化茂木健
抄録 2 :「 アラン島というのは、要するにそこを訪ねるだけでも 人をおびやかす島だ 」/
その風土若松美智子 / リレー紀行 51 松本健一 がゆく 「 アラン島 」/
抄録 3 :「 キリスト教がひろがるとともに、ドルイドの神々は落ちつぶれて妖精になりはてた 」/
その文化井村君江 / その人物W・B・イェイツ島津彬郎 / 『 愛蘭土紀行 』 小事典
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 51 小泉八雲と日本のゴーストたち / 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和62年 (1987) 3月23日 〜 4月15日 写真・文 木下秀男 )/
司馬さんの参考文献 51 「 アラン 」: 狩野良規
【「街道」が書かれた時代 】 1987.5.15号〜1988.4.8号 /
私のお薦めグルメ 1 アイルランド  ギネス・ビール : 萩原学
NO.52 2006年1月29日号  愛蘭土紀行 2 [ ダブリン ]  文学の大国アイルランド
欧米編 2   【 表紙 】 ダブリン中心部のジョイス像 ( 門間新弥 )
核心抄録 :「 アイルランドは、文学においてはとほうもない大国である 」/
「 街道 」を読み解く 52松本健一
ひと目でわかる 愛蘭土紀行 2 ( 旅の時期:1987年3月23日〜4月15日 )/
抄録 1 :「 タラがえらばれたのは、この地が、アイルランド人にとって、伝説の地だったからである 」/
その歴史高神信一その人物サミュエル・ベケット岡室美奈子
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 52 ガリヴァー旅行記 /
抄録 2 :「 ジョイスは、神話の天地である地中海世界を、ダブリンの町に見たてた 」/
その人物ジェイムズ・ジョイス結城英雄
コラム鶴岡真弓 / 抄録 3 :「 アイルランド人の集中力というのは、修道僧にむいているのか 」/
その文化坂内太 / 『 愛蘭土紀行 』 小事典リレー紀行 52 立松和平 がゆく 「 ダブリン 」/
「 アルバム 」 ( 昭和62年 (1987) 3月23日〜4月15日 写真 浅井聡、内田洋司 文 浅井聡 )/
司馬さんの参考文献 52 「 スウィフト考 」: 狩野良規 / 街道を旅するために
私のお薦めグルメ 2 アイルランド  アイリッシュ・シチュー : 萩原学
NO.53 2006年2月5日号  愛蘭土紀行 3 [ ロンドン リヴァプール ]  ビートルズの魂ゲルト
欧米編 3   【 表紙 】 ロンドンのビッグ ・ ベン ( 世界文化フォト )
核心抄録 :「 民族的には、アングロ・サクソン民族と、ケルト民族の連合ということになる 」/
「 街道 」を読み解く 53松本健一
ひと目でわかる 愛蘭土紀行 3 ( 旅の時期 : 1987年3月23日〜4月15日 )/
抄録 1 :「 古きものはすべてのこす。 というのが、ロンドン市民の精神である 」/
その文化多胡吉郎 / その歴史武部好伸
抄録 2 :「 アイルランド人が吐きだすウィットあるいはユーモアは、
  死んだ鍋( デット・パン )のように当人の顔は笑っていない 」/
その人物ザ・ビートルズ湯川れい子
抄録 3 :「 この豪華さこそ、アイリッシュ・カトリックの心意気というべきものであろう 」/
その風土高橋哲雄 / その歴史森ありさ / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 53 ビートルズ、世界へ /
リレー紀行 53 立松和平 がゆく 「 リヴァプール 」/ 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和62年 (1987) 3月23日〜4月15日 写真 内田洋司 文 浅井聡 )/
司馬さんの参考文献 53ラフカディオ・ハーン『 怪談 』 」: 内田忠賢
私のお薦めグルメ 3 イギリス  アフタヌーン・ティー : 井畔眞人
NO.54 2006年2月12日号  オランダ紀行 1 [ アムステルダム ライデン ]  自由の国オランダ
欧米編 4   【 表紙 】 オランダ ・ アムステルダムの夕景 ( 白谷達也 )
核心抄録 :「 オランダは小国主義に徹している 」/ 「 街道 」を読み解く 54松本健一
ひと目でわかる オランダ紀行 1 ( 旅の時期 : 1989年9月23日〜10月10日 )/
抄録 1 :「 市民本位の国家ながら、ひとびとに英雄的気概があった 」/
その歴史原田博二 / その人物シーボルト大場秀章
抄録 2 :「 塔の上の雲までが、十七世紀の 銅版画のなかからぬけてきたようである 」/
コラム藤原かすみ / 『 オランダ紀行 』 小事典 / その歴史田口一夫
リレー紀行 54 島田雅彦がゆく 「 オランダ北部 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 54 シーボルトの「 日本 」/
抄録 3 :「( 国土とは、こういうものをいうのか )という思いで、胸がみちた 」/ その文化宮村忠
「 アルバム 」 ( 平成元年 (1989) 9月23日〜10月10日 写真提供 青井捷夫 文 藤原かすみ )/
司馬さんの参考文献 54中世の秋 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1989.12.1号〜1990.8.31号 / 街道を旅するために
私のお薦めグルメ 4 オランダ  フライド・ポテト:菅優一郎
NO.55 2006年2月19日号  オランダ紀行 2 [ マーストリヒト アントワープ ]
EU統合の中心地
欧米編 5   【 表紙 】 ベルギー ・ ブリュッセルの グラン ・ プラス ( 白谷達也 )
核心抄録 :「 近い将来においてヨーロッパの首都がブリュッセルになるのではないか 」/
「 街道 」を読み解く 55松本健一
ひと目でわかる オランダ紀行 2 ( 旅の時期 : 1989年9月23日〜10月10日 )/
抄録 1 :「 ― 国境は無用 のものだ。 という思想が、西ヨーロッパで共通のものになろうとしている 」/
その風土藤原豊司 / その人物ジョルジュ・シムノン長島良三
抄録 2 :「 十六世紀のこの港市はヨーロッパの玄関口であり、勝手口であった 」/ その歴史中津勝三
リレー紀行 55 島田雅彦 がゆく 「 オランダ中南部と ベルギー 」/
抄録 3 :「 目を天にむけ、むせかえるような性を感じさせる。 なんと過剰なことか 」/
その人物 − ピーター・ポール・ルーベンス坂本満 / その文化横川寿美子
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 55 もう一つの「 フランダースの犬 」/
「 アルバム 」( 平成元年 (1989) 9月23日 〜 10月10日  写真 青井捷夫  文 後藤猛 )/
司馬さんの参考文献 55 「 大二本沿海実測図 」: 内田忠賢 / 街道を旅するために
私のお薦めグルメ 5 オランダ  コロッケ : 菅優一郎
NO.56 2006年2月26日号 オランダ紀行 3 [ ニューネン ナールデン ] 精神を描いた画家ゴッホ
欧米編 6   【 表紙 】 世界遺産、キンデルダイクの風車 ( 白谷達也 )
核心抄録 :「 ゴッホはいわば無茶だった。 彼は自分の精神を、絵画で表現しようとした 」/
「 街道 」を読み解く 56松本健一
ひと目でわかる オランダ紀行 3 ( 旅の時期 : 1989年9月23日〜10月10日 )/
抄 録 1 :「 なにしろ私どもは海面下を歩いている 」/
その風土蟹江憲史 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 56 咸臨丸の船出 /
抄 録 2 :「 郷土愛が、オランダにおいてはやや乏しかった。
  そのぶんだけ国際性がゆたかだったということでもある 」/
その歴史栗原福也 / コラム樋口陽一
抄 録 3 :「 私どもは、ゴッホへの旅に出る。 才能を抱かされてしまった者への悲しみの旅といっていい 」/
その人物フィセント・ファン・ゴッホ木下長宏 / その文化樺山紘一
リレー紀行 56 太田治子 がゆく 「 ゴッホと オランダの美術館 」/
「 アルバム 」( 平成元年 (1989) 9月23日 〜 10月10日  写真 青井捷夫  文 浅井聡 )/
司馬さんの参考文献 56 「 世界地名大事典 」: 内田忠賢 / 街道を旅するために
私のお薦めグルメ 6 オランダ  コーヒー : 堀江由美子
NO.57 2006年3月5日号  南蛮のみち 1 [ フランス スペイン ]  遥かなバスクの地へ
欧米編 7   【 表紙 】 サン・ジャン・ブエ・ド・ポール村 ( 馬場岳人 )
核心抄録:「 キリスト教もまた、側面において巡礼の歴史であった 」/ 「 街道 」を読み解く 57松本健一
ひと目でわかる 南蛮のみち 1 ( 旅の時期 : 1982年9月27日〜10月16日 )/
抄 録 1 :「『 南蛮 』とはなにかということをこの旅で感じたい 」/ その歴史渡部哲郎
その文化武部好伸 / 抄 録 2 :「 もともとフランシスコ・ザヴィエルは僧侶になどなりたくはなかった 」/
コラム宮下志朗 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 57 ザヴィエルとロヨラ /
抄 録 3 :「 帆立貝のしるし からみて、この家が巡礼宿であるにちがいないとおもった 」/
その人物カンドウ神父池田敏雄 / その歴史馬杉宗夫
リレー紀行 57 佐々木譲がゆく 「 フランス・バスク 」/ 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和57年 (1982) 9月27日〜10月16日 写真 ・ 文 山崎幸雄 )/
司馬さんの参考文献 57 「 カンドウ全集 」 : 萩尾生
【「 街道 」が書かれた時代 】 1983.1.7号 〜 12.23/30号 /
私のお薦めグルメ 7 フランス  レストラン「 ル・ブリストル 」: 斎藤良
NO.58 2006年3月12日号  南蛮のみち 2 [ スペイン ]  ザヴィエルの故郷
欧米編 8   【 表紙 】 ザヴィエル城 ( セブンフォト )
核心抄録:「 バスクには、バスク語以外、固有の文化は何一つない 」/ 「 街道 」を読み解く 58松本健一
ひと目でわかる  南蛮のみち 2 ( 旅の時期 : 1982年9月27日〜10月16日 )/
抄録 1 :「 国境線については、バスク人のあずかり知らないところだった 」/ その歴史関哲行
その風土月村辰雄 / 抄録 2 :「 フランシスコ・ザヴィエルは死後も可憐な戦闘者であるようだ 」/
その人物フランシスコ・ザヴィエル岸野久 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 58 天正遣欧少年使節 /
抄録 3:「 山バスク人が海外へゆこうという気分がすこし理解できたような気もした 」/ その歴史萩尾生
コラム吉田浩美 / リレー紀行 58 佐々木譲 がゆく 「 スペイン・バスク 」/ 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和57年 (1982) 9月27日 〜 10月16日 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/
司馬さんの参考文献 58 「 最初のバスク語の本 」: 萩尾生
私のお薦めグルメ 8 スペイン  タパス : 濱田恵美子
NO.59 2006年3月19日号  南蛮のみち 3 [ スペイン ポルトガル ]  海洋帝国の残照
欧米編 9   【 表紙 】 リスボン、ベレンの塔 ( 馬場岳人 )
核心抄録 :「 ポルトガルは、いうまでもなく、日本史における南蛮文化の光源であった 」/
「 街道 」を読み解く 59松本健一
ひと目でわかる 南蛮のみち 3 ( 旅の時期 : 1982年9月27日〜10月16日 )/
抄録 1:「 イベリア半島におけるただ二人の姉妹は、それぞれ特異な美質をもちつづけてきた 」/
その歴史山田幸正 / その文化濱田滋郎
抄録 2 :「 日本人にとってポルトガル人は、まず国名そのものが詩語なのである 」/
その歴史金七紀男 / その人物モラエス岡村多希子
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 59 南蛮文化 /
抄録 3 :「 私どもの旅は、小石がザグレス岬のせまい地面に落ちたときにおわった 」/
その人物カモンイス池上岑夫 / コラム野々山真輝帆
リレー紀行 59 岸本葉子がゆく 「 ポルトガル 」/ 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和57年 (1982) 9月27日 〜 10月16日 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/
司馬さんの参考文献 59 「 聖フランシスコ・デ・ザビエル書翰抄 」: 萩尾生
私のお薦めグルメ 9 ポルトガル  パォン・デ・ロー : 鶴崎由美子
NO.60 2006年3月26日号  ニューヨーク散歩 [ アメリカ ]  移民たちの戦い
欧米編 10   【 表紙 】 ブルックリン橋 ( 戸澤裕司 )
核心抄録 :「 アメリカのおもしろさは、変化である 」/ 「 街道 」を読み解く 60松本健一
ひと目でわかる  ニューヨーク散歩 ( 旅の時期 : 1992年3月 )/
抄録 1 :「 まことに、アメリカ史のなかで、アフロ・アメリカンは苦労をしてきた 」/
その歴史荒このみ / 抄録 2 :「 できあがったころは、『 世界七不思議の八番目 』といわれた 」/
その歴史霍見芳治 / その人物 − マーガレット・バーク = ホワイト飯沢耕太郎
抄録 3 :「 当時のコロンビア大学を見わたしてさびしかったのは、日本学の要素が皆無だったことらしい 」/
その文化ドナルド・キーン / リレー紀行 60 リービ英雄 がゆく 「 ニューヨーク 」/
コラム片岡義男 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 60 インディアンのマンハッタン /
「 アルバム 」 ( 平成4年 (1992) 3月 文 ・ 写真提供 平川英二 )/
司馬さんの参考文献 60 「 日本人とユダヤ人 」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 1993.3.5号〜6.25号 / 街道を旅するために
私のお薦めグルメ 10 ニューヨク  「 ドン・ペペ 」: 森本義規

雑誌名 : 関 連  ///  朝日新聞WEEKLY A E R A '06.2.13  ( 第19巻6号 通巻973号 )

2006年2月13日 発行 / 発行所:朝日新聞社 / A4判変形?・中綴じ /
編集長・発行人:宇留間和基 / 表紙 アートディレクター:戸田正寿 / フォトグラファー:坂田栄一郎 /
本文 アートディレクター : 福島源之助 / デザイナー : 原雄一・小松史佳・羽多野一道・植岡恵美 /
チャートデザイナー:枝常暢子・岡山進矢 / 特価 130円
司馬関連 : 作 家  辺境の司馬遼太郎  アイルランドとバスク
《 メ モ 》  週刊 「 司馬遼太郎 街道をゆく 」の取材で昨年夏、ヨーロッパに司馬遼太郎の足跡を追った
 松本健一、佐々木穣両氏に聞く : 菊地正憲
「 著作書物 」 / 「 紀 行 」 「 街道をゆく 」 1〜10 11〜20 21〜30 31〜43 週刊(1) 週刊(2) 関 連