ホ  ー  ム 「 著 作 書 物 」 の インデックス 「 関 連 書 物 」 の インデックス
「 著作書物 」 / 「 紀 行 」 「 街道をゆく 」 「 他 の 紀 行 」 「 競 作 集 」 「 雑   誌 」
 1 〜 10 11 〜 20 21 〜 30 31 〜 43 週 刊 (1) 週 刊 (2) 関  連

雑誌名 : 週 刊 司 馬 遼 太 郎  街 道 を ゆ く  NO.01 〜 NO.30

発行人 : 郡司武 / 編集人 : 山口万里子 / 発行所 : 朝日新聞社 / 印刷所 : 凸版印刷 / A4判?(232×297)・SC /
定価 : 560円 ( 本体 533円 ) 〔 創刊号サービス定価 : 400円 ( 本体 381円 ) 〕

編集顧問:陳舜臣、森浩一、松本健一 / 協力:司馬遼太郎記念財団 / 編集部 = チーフ・エディター : 山口万里子、向井香 /
= 編集部員 : 光成三生、飯島澄子、石田佳子、榛原真人、高橋一仁、竹下春日、樋口大二、盛田真史 /
編集協力 : 浅井聡、桜井孝子、橋本申一、藤谷宏樹、村井重俊、山崎幸雄、山本朋史 / 取材協力 : 日本航空 /
AD : 大石一雄 / レイアウト : 山口喜造、谷口正孝 / 校閲 : 丸山瑞穂、上杉英夫、大河原晶子 /
地図 ・ 図版制作 : TUBE GRAPHICS、平凡社地図出版、ヨシザワスタジオ、空工房 / 製版 : 江添晴雄、宮内一 /
写真協力 : 朝日新聞社映像本部 ( 以上、NO.01 より )

NO.01創刊 2005年1月30日号  檮原街道 [ 高知県 ]  龍馬、脱藩のみち
【 表紙 】 西土佐村から北方の檮原町方面を望む ( 四国フォトサービス )
私にとっての旅司馬遼太郎 / 核心抄録 : 「 これからは、オラ・オマンでいこう 」 /
「街道」 を読み解く 1松本健一 / ひと目でわかる 檮原街道 ( 旅の時期 : 1985年10月 )/
抄録 1 :「 幕末、思想の自由を得るために ひとびとは脱藩した 」/ その歴史松岡司
その人物坂本龍馬宮川禎一 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 1 龍馬脱藩 /
リレー紀行 1 沢木耕太郎がゆく「 脱藩の道 」 (「 脱藩の道 」百三十キロ 全ルート 付 )/
抄録 2 :「 津野市は、中世土佐の名族だった 」/ その歴史広谷喜十郎
司馬さんの風景 1 まぶしかった土佐 : 陳舜臣 / 抄録 3 :「 これは 中世絵巻の世界です 」/
その文化坂本正夫 / コラム萩慎一郎 / 『 檮原街道 』 小事典 / 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和60年 (1985) 10月、写真 佐久間陽三 文 藤谷宏樹 )/
司馬さんの参考文献 @ 「 宮本常一著作集 」 : 内田忠賢
【 「街道」 が書かれた時代 】 1985.12.20号〜86.2.28号 / 私のこの一冊 『 殉死 』 : 篠田正浩
【 創刊号 特別綴じ込み 別冊 】
 『 街道をゆく 』 の魅力 : 森浩一 × 松本健一 / 司馬遼太郎年表 : 作品と時代 /
 司馬さんと「 街道 」を旅して : 福田みどり / 同行した画伯たち /
 朝日ビジュアルシリーズと文庫対象マップ / 司馬遼太郎記念館 : 上村洋行
NO.02 2005年2月6日号  湖西のみち 近江散歩 [ 滋賀県 ]  日本人は どこからきたか
【 表紙 】 白鬚神社の大鳥居 ( 今森光彦 )
湖西のみち 核心抄録 : 「 日本人は どこからきたのであろう 」 / 「街道」を読み解く 2松本健一 / ひと目でわかる 近江散歩 ( 旅の時期 : 1983年12月8日〜10日 )
  湖西のみち ( 旅の時期 : 1970年、粉雪の舞う季節 )/
湖西のみち 抄録 :「 近江から はじめましょう 」/ 湖西のみち その風土朴鐘鳴
近江散歩 抄録 1 :「 幅五〇センチほどの溝がある。 それが国境線だった 」/
「 アルバム 」 近江散歩 ( 昭和58年 (1983) 12月、写真 長谷忠彦 文 藤谷宏樹 )/
近江散歩 その風土今谷明 / 近江散歩 その人物外村繁久保田曉一 /
近江散歩 抄録 2:「 薄(ススキ)が生いしげって、いかにも古戦場といった粛殺(ショウサツ)とした気分がある 」/
近江散歩 その自然今森光彦 / 司馬さんの風景 2 湖西のみちの寂しさの響き : 辻井喬
リレー紀行 2 黒川創がゆく「 琵琶湖 」/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 2 消えた信長 /
街道を旅するために / 司馬さんの参考文献 A 「 信長公記 」: 内田忠賢
【 「街道」 が書かれた時代 】 湖西のみち 1971.1.1号〜1.22号  近江散歩 1984.1.20号〜4.20号 /
私のこの一冊 『 王城の護衛者 』 : 野坂昭如
【 第2号 綴じ込み 別冊 】
 週刊朝日 連載誌面復刻版 :『 湖西のみち 』第1回 「 週刊朝日 」 1971年1月1日号
 『 濃尾参州記 』第7回 「 週刊朝日 」 1996年3月15日号 / 司馬さんに聞かせたかった話 : 村井重俊
NO.03 2005年2月13日号  白川 ・ 会津のみち [ 福島県 ]  東北は偉大である
【 表紙 】 大内宿 ( 戸澤裕司 )
核心抄録 :「 東北は単独ですでに偉大なのである 」/ 「街道」を読み解く 3松本健一
ひと目でわかる 白川 ・ 会津のみち ( 旅の時期 : 1988年7月9日〜15日 )/
抄録 1 :「 峠の追分に 達したとき、心の中の奥州が ふたたび大きくなった 」/ その歴史河西英通
リレー紀行 3 赤坂憲雄がゆく「 白川 ・ 会津のみち 」/
抄録 2:「 彼女は天才である以上に奇蹟のようなかがやきをもっている 」/
その人物山下りん鐸木道剛 / その文化若林繁 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 3 会津の悲運 /
抄録 3 :「 歴史のなかで、都市一つがこんな目に遭ったのは、会津若松市しかない 」/
その風土中村彰彦 / その人物松平容保中村彰彦 / 『白川 ・ 会津のみち』 小事典
司馬さんの風景 3 「鳥の眼」から「虫の眼」へ : 長部日出雄
「 アルバム 」 ( 昭和63年 (1988) 7月、写真 内田洋司 / 朝日新聞社 )/ 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 B 「 延喜式 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】  1988.9.2号〜12.23号 /
私のこの一冊 『 翔ぶが如く 』: 山下洋輔
NO.04 2005年2月20日号  高野山みち 紀ノ川流域 [ 和歌山県 ]  高野聖と空海の宇宙
【 表紙 】 高野山壇上伽藍 ( 永坂嘉光 )
高野山みち 核心抄録 :「 空海伝説を高野聖たちは創ってまわったにちがいない 」/
「街道」を読み解く 4松本健一
ひと目でわかる 高野山みち ( 旅の時期 : 1976年6月5日〜6日 )
  紀ノ川流域 ( 旅の時期 : 1988年6月1日〜4日 )/
高野山みち 抄録 1 :「 高野聖にやど貸すな娘とられて恥かくな 」/ 高野山みち その歴史原田正俊
『高野山みち』 小事典 / 高野山みち ・ 紀ノ川流域 その風土宮坂宥勝
リレー紀行 4 池澤夏樹がゆく 「 高野山みち 」 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 4 空海入定 /
高野山みち 抄録 2 :「 木下闇を背にして、大きな花崗岩の 町石が建っている 」/
高野山みち その人物真田昌幸 真田幸村柴辻俊六
紀ノ川流域 抄録 : 吹く風までが、ただごとでは ないのである 」/ 紀ノ川流域 その歴史村田弘 / 『紀ノ川流域』 小事典 / 紀ノ川流域 その風土神坂次郎
司馬さんの風景 4 高野聖の幻影 : 山折哲雄 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 C 「 平家物語 」: 内田忠賢
【 「街道」 が書かれた時代 】 高野山みち 1976.7.16号〜8.20号  紀ノ川流域 1988.7.8号〜8.26号 /
私のこの一冊 『 燃えよ剣 』 : 南伸坊
NO.05 2005年2月27日号  三浦半島記 [ 神奈川県 ]  武士の世の到来
【 表紙 】 鎌倉・釈迦堂切通し ( 堤勝雄 )
核心抄録 :「 十二世紀末は関東に光があふれた 」/ 「街道」 を読み解く 5松本健一
ひと目でわかる 三浦半島記( 旅の時期:1995年1月3日〜8日、1月19日、2月4日〜7日、4月24日〜26日 )/
抄録 1 :「 三浦半島は、まことに小さい 」/ その風土杉橋隆夫
抄録 2 :「 鎌倉で語るべきものの第一は、武士たちの節義というものだろう 」/ その歴史野口実
リレー紀行 5 岸本葉子がゆく 「 鎌倉 」/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 5 武士どもの半島 /
『三浦半島記』 小事典 / 司馬さんの風景 5 この道はいつか来た道 : 安野光雅
抄録 3 :「 海軍士官は、スマートであれ 」/ その文化山本詔一 / コラム関川夏央
街道を旅するために 『三浦半島記』/
「 アルバム 」 ( 平成7年 (1995) 1月、2月、4月 写真 長谷忠彦 文 村井重俊 )/
司馬さんの参考文献 D 「 吾妻鏡 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1995.3.24号〜11.10号 /
私のこの一冊 『 空海の風景 』: 菅直人
NO.06 2005年3月6日号  韓のくに紀行 [ 韓国 ]  日本人の祖を求めて
【 表紙 】 仏国寺紫霞門 ( JTBフォト )
核心抄録 :「 朝鮮民族には凄味がある 」/ 「街道」 を読み解く 6松本健一
ひと目でわかる 韓のくに紀行( 旅の時期 : 1971年5月 )/
抄録 1 :「 すべての男女が たがいに 他人ではない。 ことごとく 金海の 金氏なのである 」/
韓のくに紀行 その歴史田中俊明 / その人物李舜臣北島万次
抄録 2 :「 松林では、盛大な歌舞がはじまっていた 」/ その歴史貫井正之
黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 6 日韓交流 / 抄録 3 :「 六朝の ほろびとともに 百済はほろぶ 」/
コラム胡口靖夫 / その歴史鈴木英夫 / リレー紀行 6 神崎宣武がゆく 「 韓のくに紀行 」/
司馬さんの風景 6 「 民族の原型 」をたどる旅 : 姜在彦
司馬さんの参考文献 E 「 日本の中の朝鮮文化 」 : 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1971.7.16号〜72.2.4号 / 街道を旅するために
私のこの一冊 『 風神の門 』: 立川談志
NO.07 2005年3月13日号  神田界隈 甲州街道 [ 東京都 ]  世界有数の物学びのまち
【 表紙 】 神田駿河台の明治大学 ( 染谷學 )
神田界隈 核心抄録 :「 世界でも有数な物学びのまち 」/ 「街道」 を読み解く 7松本健一
ひと目でわかる 甲州街道 ( 旅の時期 : 1970年5月23日〜6日 )
 神田界隈 ( 旅の時期 : 1990年10月25日〜29日 )/
神田界隈 抄録 1 : 「 早々の教授陣は まことに豪華だった 」/ 神田界隈 その歴史辻本雅史
神田界隈 その人物千葉周作早乙女貢 / 神田界隈 抄録 2 :「 東京で天国にもっとも近い 」/
神田界隈 その民俗加門七海 / 『神田界隈』 小事典 / リレー紀行 7 小森陽一がゆく 「神田界隈」/
甲州街道 抄録 :「 近藤勇むという人も、妙なひとだったな 」/ 甲州街道 その歴史松浦玲
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 7 近藤勇の甲州進撃 / 甲州街道 その人物徳川慶喜童門冬二
司馬さんの風景 7 その場所の歴史:鶴見俊輔 / 司馬さんの参考文献 F 「 江戸名所図会 」:内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 神田界隈 1991.1.18号〜7.19号 甲州街道 1971.3.12号〜4.9号 /
街道を旅するために / 私のこの一冊 『 』: 緒形拳
NO.08 2005年3月20日号  沖縄 ・ 先島への道 [ 沖縄県 ]  古代が息づく島々
【 表紙 】 与那国島の立神岩 ( 横塚眞己人 )
核心抄録 :「 原倭人の風姿をありありと見るような思いがして 」/ 「街道」を読み解く 8松本健一
ひと目でわかる 沖縄 ・ 先島への道 ( 旅の時期 : 1974年4月 )/
抄録 1 :「 沖縄は、身代わりになった 」/ その風土大城立裕
抄録 2 :「 女がより神に近く、男はより遠い 」/ コラム : 文=谷川健一 写真=井上博道
『沖縄・先島への道』小事典「アルバム」〔 昭和49年 (1974) 4月 写真提供 橋本申一 (同行編集者) 〕/
抄録 3 :「 琉球の神々は天(あま)から天降(あも)るよりも海(あま)からくる 」/ その歴史高良倉吉
リレー紀行 8 島田雅彦 がゆく 「 竹富 ・ 波照間 ・ 与那国 」/
司馬さんの風景 8 心の葛藤を解く旅 : 森浩一 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 8 ゴーレスとは何者? /
街道を旅するために / 司馬さんの参考文献 G 「 海上の道 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1974.6.21号〜11.5号 / 私のこの一冊 『 翔ぶが如く 』 : 野田知佑
NO.09 2005年3月27日号  台湾紀行 [ 台湾 ]  台湾と云う場所の悲哀
【 表紙 】 鹿港の天后宮 ( 横塚眞己人 )
核心抄録 :「 本来、流民の国 だったものが、ここまでの社会をつくった 」/
「街道」 を読み解く 9松本健一 / ひと目でわかる 台湾紀行 ( 旅の時期 : 1993年1月 と 4月 )/
抄録 1 :「 奇跡が準備されはじめた といっていい 」/ その歴史丸川哲史
抄録 2 :「 鄭成功の惜しさは、その生涯の みじかさにある。 わずか 三十八年だった 」/
その風土松浦章 / その人物八田與一古川勝三 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 9 英雄、鄭成功 / 抄録 3 :「 この島のぬしは、この島を生死の地としてきた無数の百姓(ひゃくせい)たちなのである 」/
その歴史笠原政治 / リレー紀行 9 島田雅彦がゆく 「 基隆 ・ 花蓮 ・ 鹿港 」/
司馬さんの風景 9 台湾の旅のこと : 陳舜臣 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 H 「 台湾考古誌 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1993.7.2号〜94.3.25号 / 私のこの一冊 『 空海の風景 』: 中上紀
NO.10 2005年4月3日号  長州路 [ 山口県 島根県 ]  革命児たちの故郷へ
【 表紙 】 関門海峡 ( 河本裕幸 )
核心抄録 :「 長州人論は、おもしろい 」/ 「街道」を読み解く 10松本健一
ひと目でわかる 長州路 ( 旅の時期 : 1970年6月 )/
抄録 1 :「 私は 日本の景色のなかで 馬関(下関)の急潮を もっとも好む 」/
その歴史一坂太郎 / その人物白石正一郎古川薫
抄録 2:「 藩そのものが、一個の 貿易会社であったような 印象がある 」/
司馬さんの風景 10 筆のゆるやかさに見える人柄 : 辻井喬
その歴史 : 戸川点 / リレー紀行 10 平田オリザ がゆく 「 長州路 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 10 長州の恨み / 抄録 3 :「 長州は、いい塔をもっている 」/
その文化福島恒徳
その人物西周井上厚史 / 司馬さんの参考文献 I 「 陰徳太平記 」: 内田忠賢
【 「街道」 が書かれた時代 】 1971.5.14号〜7.9号 / 街道を旅するために
私のこの一冊 『 世に棲む日日 』 : 齋藤孝
NO.11 2005年4月10日号  越前の諸道 [ 福井県 ]  道元の禅風を守った寂円
【 表紙 】 宝慶寺山門 ( 田村仁 )
核心抄録 :「 仏教は、本来、物狂いなのである 」/ 「街道」 を読み解く 11松本健一
ひと目でわかる 越前の諸道 ( 旅の時期 : 1980年10月初旬 )/
抄録 1 :「 寂円のみが、古仏といわれるに 値するのではないか 」/ その人物寂円高橋秀榮
リレー紀行 11 平田オリザがゆく 「 越前 」/ 抄録 2 :「 菩提林からむこうは浄域である 」/
その歴史椙山林継 / その人物朝倉義景井上厚史
黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 11 一乗谷炎上 / 抄録 3 :「 轆轤をつかわないのである 」/
その文化田中照久 / 司馬さんの風景 11 中国僧の面影を求めて : 山折哲雄
『越前の諸道』 小事典「 アルバム 」 ( 昭和55年 (1980) 10月 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/
司馬さんの参考文献 J 「 和名抄 ( 倭名類聚鈔 ) 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1980.12.12号〜81.6.19号 / 街道を旅するために
私のこの一冊 『 燃えよ剣 』: 杉本章子
NO.12 2005年4月17日号  本郷界隈 [ 東京都 ]  三四郎の見た東京
【 表紙 】 東京大学 ( 染谷學 )
核心抄録:「明治後、東京そのものが、配電盤の役割をはたした」/ 「街道」を読み解く 12松本健一
ひと目でわかる 本郷界隈 ( 旅の時期 : 1991年5月中旬、6月上旬、11月上旬 )/
抄録 1:「三四郎の汽車は、鄙(ヒナ)から 首都にむかっている」/ その風土 (文人マップ 付):半藤一利
その人物森鴎外紅野謙介 / その人物樋口一葉菅聡子 / 『本郷界隈』 小事典
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 12 三四郎と美禰子 / リレー紀行 12 成田龍一がゆく「 本郷界隈 」/ 抄録 2 :「 使いをする若党にでも なったつもりで、追分から西にむかって あるいてみた 」/
その歴史 : 藤本強 / 抄録 3 :「 モースの気分を まねてみたのである 」/ その歴史斎藤多喜夫
司馬さんの風景 12 不思議なパッションで描いた本郷界隈 : 安野光雅
司馬さんの参考文献 K 「 御府内備考 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1991.8.9号〜92.2.28号 / 街道を旅するために
私のこの一冊 『 坂の上の雲 』: 藤沢久美
> NO.13 2005年4月24日号  肥薩のみち [ 熊本県 鹿児島県 ]  西郷隆盛最 後の戦い
【 表紙 】 鹿児島市の西郷隆盛像 ( 村上光明 )
核心抄録:「 西郷とこの事変は永遠の謎でありつづけるにちがいない 」/ 「街道」を読み解く 13松本健一
ひと目でわかる 肥薩のみち ( 旅の時期 : 1972年3月22日〜24日 )/
抄録 1 :「 西郷軍にとって、熊本城を攻めつぶすことが、戦略以前の自明の世界に属することであった 」/
その歴史原口泉 / その人物西郷隆盛猪飼隆明 / 『肥薩のみち』 小事典
黒鉄ヒロシ「街道」名場面 13 西郷切腹 / 抄録 2:「まことに 相良(さがら)氏というのは おもしろい」/
その歴史服部英雄 / 『肥薩のみち』 小事典(2)/
抄録 3 :「 むかしの薩摩では、『 三年に方頬(夾に頁)(かたふ) 』といわれた 」/ その歴史海江田義広
リレー紀行 13 岩本宣明 がゆく 「 肥薩のみち 」/ その文化渡辺芳郎 / 街道を旅するために
司馬さんの風景 13 植木の西瓜 : 小山内美江子 / 司馬さんの参考文献 L 「 日本書紀 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1972.4.21号〜8.4号 / 私のこの一冊 『 韃靼疾風録 』: 加藤秀俊
NO.14 2005年5月1日号  大徳寺散歩 嵯峨散歩 [ 京都府 ]  俗化を拒む 厳しき禅
【 表紙 】 大徳寺塔頭 高桐院参道 ( 熊谷武二 )
大徳寺散歩 核心抄録 :「 たれの ことば だったか、『 石の上に 花を植えての後は、生涯は春だよ 』」/
「街道」を読み解く 14松本健一
ひと目でわかる 嵯峨散歩( 旅の時期 : 1984年12月5日〜6日 )
  大徳寺散歩( 旅の時期 : 1989年2月26日〜3月1日 )/
大徳寺散歩 抄録 1 :「 大徳寺だけは 山内の一部をのぞいて、俗化をこばんでいる 」/
大徳寺散歩 その風土細川涼一
大徳寺散歩 抄録 2 :「 建築といい、庭といい、日本美の 珠玉の淵叢(えんそう)と いってよい 」/
大徳寺散歩 その文化矢部良明 / 大徳寺散歩 その人物 − 一休宗純今泉淑夫
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 14 型破りな一休さん /
嵯峨散歩 抄録:「 嵯峨野を歩いて古代の秦氏(はたうじ)を考えないというのは、鈍感なことかもしれない 」/
嵯峨散歩 その歴史中村修也 / 嵯峨散歩 その風土芳井敬郎
司馬さんの風景 14 厚く切りとられた「 同時代人 」: 鶴見俊輔
リレー紀行 14 赤瀬川原平がゆく「 嵯峨 」/ 司馬さんの参考文献 M拾遺都名所図会 」:内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1985.1.25号〜3.29号 大徳寺散歩 1989.4.7号〜7.14号 / 私のこの一冊 『 竜馬がゆく 』 : オセロ・松嶋尚美
NO.15 2005年5月8日号  佐渡のみち 潟のみち [ 新潟県 ]  佐渡金銀山の光と影
【 表紙 】 道遊ノ割途の向こうに相川方面を望む ( 染谷學 )
佐渡のみち 核心抄録 :「 肝がちぢんで 二杯おかわりをする者が なかったという 」/
「街道」を読み解く 15松本健一
ひと目でわかる 潟のみち ( 旅の時期 : 1975年11月 )
  佐渡のみち ( 旅の時期 : 1976年10月 )/
佐渡のみち 抄録 1 :「 相川の 栄華も悲惨も すべて遠い昔の 物語になったが、町だけは 残っている 」/
佐渡のみち その文化田中圭一 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 15 小比叡騒動 /
佐渡のみち 抄録 2 :「 路傍の岩肌にまで 人間の脂が こびりついている 」/
佐渡のみち その人物大久保長安田中圭一 / 『佐渡のみち』 小事典
リレー紀行 15 佐野眞一 がゆく 「 佐渡のみち 」/
潟のみち 抄録 :「 鏡のように平坦で、空とともに 限りもないような 気がする 」/
潟のみち その風土三村哲司 / 潟のみち その歴史芳井研一
司馬さんの風景 15 「 佐渡のみち 」の豊かさ : 辻井喬
司馬さんの参考文献 N 「 島根のすさみ 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 潟のみち 1976.1.30号〜4.9号  佐渡のみち 1976.12.31号〜77.4.1号 /
街道を旅するために / 私のこの一冊 『 街道をゆく オランダ紀行 』: サトウサンペイ
NO.16 2005年5月15日号  奈良散歩 [ 奈良県 ]  「 お水取り 」 千年の力
【 表紙 】 東大寺大仏殿 ( 桑原英文 )
核心抄録 :「 修二会(しゅにえ)は、千年以上ものあいだ、一年も休むことなく 」/
「街道」を読み解く 16松本健一 / ひと目でわかる 奈良散歩 ( 旅の時期:1984年3月1日〜3日 )/
抄録 1 :「 たしかに、東大寺には、兜率天(とそつてん)がある 」/ その風土佐藤道子
その歴史森本公誠 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 16 行基、その生涯 /
抄録 2 :「 この塔でいいんだ 」/ その歴史東野治之
抄録 3 :「 多武峯(とうのみね)は、観か、神社か、寺か 」/ その人物六條篤平岡照啓 / 
リレー紀行 16 太田治子がゆく 「 奈良散歩 」/ 『奈良散歩』 小事典
「 アルバム 」 ( 昭和59年 (1984) 3月 写真 長谷忠彦 文 藤谷宏樹 )/
司馬さんの風景 16 「 青衣の女人 」とはなにか : 中西進
司馬さんの参考文献 O 「 続日本紀 」: 内田忠賢【 街道」が書かれた時代 】 1984.4.27号〜7.20号 /
街道を旅するために / 私のこの一冊 『 坂の上の雲 』: 中島誠
NO.17 2005年5月22日号  壱岐 ・ 対馬の道 [ 長崎県 ]  神々の棲む島
【 表紙 】 対馬の仁位にある和多郡美神社の鳥居 ( 戸澤裕司 )
核心抄録 :「 神話や伝承の上での 不思議な相貌を 帯びているのである 」/
「街道」を読み解く 17松本健一 / ひと目でわかる 壱岐・対馬の道( 旅の時期 : 1977年11月 )/
抄録 1 :「 壱岐は 海をわたってきた 仏たちが多く棲む 島である 」/ その風土安楽勉
抄録 2 :「 二つの島でつくられた この海上世界では、壱(い)州、対(たい)州とよぶ 」/
その風土(2) : 永留久恵 / その人物雨森芳洲李進熙
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 17 朝鮮通信使が見た日本 /
抄録 3 : 「 対馬までゆけば 朝鮮が見える 」/ 壱岐 ・ 対馬の道 コラム姜尚中
リレー紀行 17 黒川創がゆく 「 壱岐 ・ 対馬 」/
「 ギャラリー 」 ( 昭和52年 (1977) 11月  画 須田剋太 文 須藤資隆 )/
司馬さんの風景 17  静かに俯瞰する目 : 李進熙 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 P 「 古事記 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1978.2.3号〜8.25号 /
私のこの一冊 『 燃えよ剣 』: 向井万起男
NO.18 2005年5月29日号  南伊予 ・ 西土佐の道 [ 愛媛県 高知県 ]  子規を育んだ気風
【 表紙 】 道後温泉本館 ( 中島優子 )
核心抄録 :「 宇和といい、卯之(うの)といい、地名の響きからして 伊予は春霞のように のどかである 」/
「街道」 を読み解く 18松本健一 / ひと目でわかる ( 旅の時期 : 1978年6月 )/
抄録 1 :「『 いい女 』などという行政区の名称は、世界中にないのではないか 」/ その風土坪内稔典
『南伊予・西土佐の道』 小事典 / 抄録 2:「江戸末期のある時期、蘭学は宇和島といわれたときがあった」/
その文化片桐一男 / その歴史堀内八重 / リレー紀行 18 赤坂憲雄がゆく 「 海の南予 」/
抄録 3 :「 県境い一つでこうもかわるというのが日本のおもしろさの 一つであるかもしれない 」/
司馬さんの風景 18 日本の 地域文化の力と そのすごさ : 森浩一 / その風土二宮一郎
『南伊予 ・ 西土佐の道』 小事典(2)/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 18 松山の青春 /
街道を旅するために「 アルバム 」 ( 昭和53年 (1978) 6月 写真提供 ・( 文? ) 橋本申一
司馬さんの参考文献 Q太平記 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1978.9.1号〜12.29号 /
私のこの一冊 『 二十一世紀に生きる君たちへ 』: 古屋和雄
NO.19 2005年6月5日号  信州佐久平みち [ 長野県 ]  真田六文銭の故地
【 表紙 】 千曲川と浅間山 ( 田村仁 )
核心抄録:「千曲川は、その流域にいくつもの盆地を連鎖させている」/ 「街道」を読み解く 19松本健一
ひと目でわかる 信州佐久平みち( 旅の時期 : 1976年7月25日〜27日 )/
抄録 1:「 信濃には 科(しな)( 級 )のつく地名が じつに多い 」/ その歴史寺島隆史
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 19 上田城攻防戦 / その人物木曾義仲塩川治子
抄録 2:「 景観としては まことに佳い 」/ その歴史宮下和友 / その人物島崎藤村新井良男
『信州佐久平みち』 小事典 / リレー紀行 19 岸本葉子 がゆく 「 佐久平 」/
抄録 3:「 一編はこの小田切で、踊り念仏をやった 」/ その歴史牛山佳幸
司馬さんの風景 19 「 捨て文士 」の心境だったか : 山折哲雄
司馬さんの参考文献 R藩翰譜 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1976.8.27号〜10.15号 /
街道を旅するために / 私のこの一冊 『 竜馬がゆく 』: 武田鉄矢
NO.20 2005年6月12日号  モンゴル紀行 [ ロシア モンゴル ]  天空の草原へ
【 表紙 】 草を食む馬。 ウランバートル郊外で ( 木村孝 )
核心抄録 :「 踏んでゆくゴビ草原の 草花の一本一本につよい哀愁を感じた 」/
「街道」を読み解く 20松本健一
ひと目でわかる モンゴル紀行( 旅の時期:1973年8月21日〜31日 )/
抄録 1 :「 ロシア人の親切さや人のよさは、ときに神に近いような気さえする 」/
その人物大黒屋光太夫生田美智子 / その風土中村喜和
抄録 2 :「 モンゴル高原ほどそこに生れた者にとって強烈な故郷はないかもしれない 」/
その歴史半藤一利 / 抄録 3 :「 要するに、一望 何億という花が 薫っているのである 」/
その歴史杉山正明 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 20 「 蒼き狼 」 チンギス・ハーン /
その歴史田中克彦 / 司馬さんの風景 20 ゴビの息づかいを全身で感じとった司馬さん : 鯉渕信一
リレー紀行 20 岸本葉子がゆく 「 モンゴル紀行 」/ 街道を旅するために
「 アルバム 」 ( 昭和48年 (1973) 8月 写真提供 ・( 文? ) 橋本申一 )/
司馬さんの参考文献 S 「 モンゴル秘史 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1973.11.2号〜74.6.14号 / 私のこの一冊 『 大阪侍 』: 桂む雀
NO.21 2005年6月19日号  北海道の諸道 [ 北海道 ]  極寒の地を拓いた人びと
【 表紙 】 夕映えの道 ( 深川町 ) ( 河野利明 )
核心抄録 :「( これはすごい文化だ )と思わざるをえなかった 」/ 「街道」を読み解く 21松本健一
ひと目でわかる 北海道の諸道( 旅の時期 : 1978年9月3日〜12日 )/
抄録 1:「 ただ地面があるだけの北海道に― 」/ その風土河西英通 / その人物関寛斎斎藤省三
「 ギャラリー 」( 昭和53年 (1978) 9月3日〜12日 画 須田剋太 文 村井重俊 )/
司馬さんの風景 21 弱い者へのシンパシーに溢れた旅 : 辻井喬
抄録 2 :「 鍛冶のいやらしさに、『 和人 』というものの 象徴を見る 」/ その文化中村和之
その歴史松崎水穂 / 抄録 3 :「 それほどにこの若い神父は嘉兵衛という人物が好きであった 」/
その歴史藤島一巳 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 21 高田屋嘉兵衛が見たロシア /
リレー紀行 21 谷村志穂がゆく 「 函館 」/ 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 21日本幽囚記 」:内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1979.1.5号〜7.13号 /
私のこの一冊 『 竜馬がゆく 』: 阿藤快
NO.22 2005年6月26日号  竹内街道 葛城みち [ 奈良県 ]  日本最古の官道
【 表紙 】 三輪山 ( 桑原英文 )
竹内街道 核心抄録 : 古代のシルク・ロード ともいうべき道 」/ 「街道」を読み解く 22松本健一
ひと目でわかる 竹内街道( 旅の時期 : 1970年頃 ) 葛城みち( 旅の時期 : 1970年 または 71年 )/
竹内街道 抄録 1 :「 はるかな昔から 神霊のふる森として 畏れられていた のであろう 」/
竹内街道 その歴史高橋誠一
竹内街道 葛城みち 抄録 2 :「 竹内峠の山麓は いわば 故郷のようなものである 」/
司馬さんの風景 22 古道を愛した人 : 上田正昭 / 竹内街道 その歴史平林章仁
葛城みち 抄録 :「 いかにも 古代鴨族の 本貫(ほんかん)の地たるに ふさわしい 」/
葛城みち その人物雄略天皇加藤謙吉 / 葛城みち その歴史中村修也
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 22 役小角 / リレー紀行 22 森まゆみがゆく「 竹内街道 葛城みち 」/
「 街道 」写真館 : 養家に残る 司馬さんの写真 / 写真協力 仲川ハルエ
司馬さんの参考文献 22 「 日本霊異記 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 竹内街道 1971.1.29号〜3.5号 葛城みち 1971.4.16号〜5.7号 /
街道を旅するために / 私のこの一冊 『 菜の花の沖 』: 喜早哲
NO.23 2005年7月3日号 叡山の諸道 甲賀と伊賀のみち [ 滋賀県 京都府 三重県 ] 最澄の山と谷
【 表紙 】 山中の千日回峰行者 ( 辻村耕司 )
叡山の諸道 核心抄録 :「 叡山は 総合大学と いうべきもので あったろう 」/
「街道」 を読み解く 23松本健一 / ひと目でわかる 甲賀と伊賀のみち ( 旅の時期 : 1973年頃 )
叡山の諸道 ( 旅の時期 : 1979年秋 )/ 叡山の諸道 抄録 1 :「 最澄の死後、叡山は発展した 」/
叡山の諸道 その人物最澄栗田勇 / 叡山の諸道 その文化栗田純司
叡山の諸道 抄録 2 :「 私は、中世の光と陰のなかへつれこまれてしまっている 」/
叡山の諸道 その文化叡南覚範 / 司馬さんの風景 23 千日回峯行の凄み : 山折哲雄
「 アルバム 」 叡山の諸道 ( 昭和54年 (1979) 10月 写真提供 福田徳朗 文 福田徳郎 )/
叡山の諸道 コラム : 語り手 = 葛野常喜 聞き手・構成 = 黒川創
甲賀と伊賀のみち 抄録 :「 御斎(おとぎ)峠は、その伊賀の七口(ななくち)のひとつである 」/
甲賀と伊賀のみち その風土黒井宏光 / リレー紀行 23 黒川創がゆく 「 伊賀街道 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」 名場面 23 忍者の義侠心 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 23 「 新撰姓氏(しょうじ)録 」 : 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 叡山の諸道 1979.5.25号〜80.3.28号
  甲賀と伊賀のみち 1973.5.25号〜6.15号 /
私のこの一冊:( 本号より なし )
NO.24 2005年7月10日号  北のまほろば 陸奥のみち [ 青森県 岩手県 ]  縄文の世の豊饒
【 表紙 】 山内丸山遺跡 ( 青森県文化観光部文化振興課県史編さんぐるーぷ )
北のまほろば 核心抄録 :「 先史時代、このあたりはあるいは北のまほろば≠ニいうべき
  地(くに)だったのではないか 」/
「 街道 」を読み解く 24松本健一
ひと目でわかる 陸奥のみち( 旅の時期:1971年11月 ) 北のまほろば( 旅の時期:1994(平成6)年1、7月 )/
北のまほろば 抄録 1 :「 駅舎をみて、仰天する 思いがした 」/ 北のまほろば その歴史斎藤利男
北のまほろば その人物棟方志功奥野達夫
北のまほろば 抄録 2:「 日本じゅうの道という道の束が、やがて一すじのほそいみちになって、
  ここで尽きるのである 」/
北のまほろば その風土鈴木克彦 / 北のまほろば コラム中沢新一
リレー紀行 24 高橋源一郎がゆく 「 太宰治の津軽 」/
「 アルバム 」 北のまほろば( 平成6年 (1994) 1月/7月 写真・文 長谷忠彦 ) /
司馬さんの風景 24 人を介して土地柄に迫る旅 : 森浩一
陸奥のみち 抄録 :「 津軽衆と南部衆は 仲がわるい 」/ 陸奥のみち その歴史浪川健治
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 24 津軽人 VS. 南部人 / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 24 「 菅江真澄遊覧記 」 : 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 北のまほろば 1994.5.20号〜1995.2.24号  陸奥のみち 1972.2.11号〜4.14号
NO.25 2005年7月17日号 播州揖保川・室津みち 神戸散歩 [ 兵庫県 ] 室津と神戸二つの港町
【 表紙 】 室津の港 ( 朝日新聞社 )
播州揖保川 ・ 室津みち 核心抄録 :「 過去の歴史にゆゆしい華やぎがある 」/
「 街道 」を読み解く 25松本健一
ひと目でわかる 神戸散歩( 旅の時期 : 1982年7月29日〜31日 )
  播州揖保川・室津みち( 旅の時期 : 1976年3月22日〜23日 )/
播州揖保川・室津みち 抄録 1 :「 幼いころの記憶の景色には神の憑(よ)り代(しろ)といった匂いがある 」/
播州揖保川 ・ 室津みち その人物三木露風和田典子
播州揖保川 ・ 室津みち 抄録 2 :「 室津のさびれは、急変することがない 」/
播州揖保川 ・ 室津みち その歴史小林基伸
リレー紀行 25 中上紀(のり)がゆく 「 播州揖保川 ・ 室津みち 神戸散歩 」/
神戸散歩 抄録 : 「 どの都市にも、原形的なイメージがある 」/ 神戸散歩 その風土原田敬一
神戸散歩 その人物 − 陳徳仁と韓ル曦(ハンソツキ)安井三吉
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 25 勝海舟、神戸に参上 / 『播州揖保川・室津みち』『神戸散歩』 小事典
「 アルバム 」 播州揖保川・室津みち( 昭和51年 (1976) 3月22日〜23日 写真提供・(文?) 橋本申一 )/
司馬さんの風景 25 息抜きの応酬=F 陳舜臣 / 司馬さんの参考文献 25播磨国風土記」: 内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 播州揖保川 ・ 室津みち 1976.5.14号〜7.9号
  神戸散歩 1982.10.15号〜11.19号 /
街道を旅するために
NO.26 2005年7月24日号  島原 ・ 天草の諸道 [ 長崎県 熊本県 ]  キリシタンの悲哀
【 表紙 】 天草・崎津天主堂 ( JTBフォト )
核心抄録 : 「 島原ノ乱の 本質は、宗教一揆では なかった 」/ 「街道」 を読み解く 26松本健一
ひと目でわかる 島原 ・ 天草の諸道 ( 旅の時期 : 1980年2月1日〜 5日 )/
抄録 1:「 ここまで追いつめられれば、魚でも陸(おか)を駆けるのではないか 」/ その歴史藤本正行
その歴史 (2) : 藤本正行 / 『島原 ・ 天草の諸道』 小事典
島原・天草の諸道 その人物天草四郎平田豊弘 / 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 26 神秘の天草四郎 /
抄録 2 :「 天草は、旅人を 詩人にするらしい 」/ その風土山崎朋子
リレー紀行 26 立松和平がゆく 「 島原 」/ 抄録 3 :「 切支丹 禁制時代の 凄味といっていい 」/
その歴史岩本宣明 / 司馬さんの風景 26 島原の乱の実相探究 : 上田正昭
「 アルバム 」 ( 昭和55年 (1980) 2月 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/ 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 26 「 西遊雑記 」: 内田忠賢【「街道」が書かれた時代 】 1980.4.4号〜12.5号
NO.27 2005年7月31日号  種子島みち [ 鹿児島県 ]  鉄と鉄砲の島へ
【 表紙 】 種子島 ・ 千座の岩屋 ( JTBフォト )
核心抄録 :「 鉄砲の出現は、山城を 無用にした 」/ 「街道」 を読み解く 27松本健一
ひと目でわかる 種子島みち ( 旅の時期 : 1975年9月28日〜30日 )/
抄録 1 :「 室町期の種子島は、島をあげて鉄と鉄の鍛製品をつくっていたのではないか 」/
その歴史宇田川武久 / その人物津田監物太田宏一 / その歴史鮫島安豊
リレー紀行 27 佐々木譲がゆく「 種子島みち 」/ 黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 27 「 わかさ姫 」伝説 /
抄録 2 :「 沖のほうに、馬毛(まげ)島が、本島の種子島に寄り添うようにして浮かんでいる 」/
その人物田上権蔵井元正流 / 『種子島みち』 小事典
抄録 3 :「 米がとれる島という価値は、想像しがたいほどに大きかった 」/ その風土下野敏見
コラム橋口尚武「 アルバム 」( 昭和48年 (1975) 9月 写真提供 ・( 文?)橋本申一 )/
街道を旅するために司馬さんの風景 27 「 法螺(ほら)吹き 」 ピントに注目 : 森浩一
司馬さんの参考文献 27 「 日本言語地図 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1975.12.5号〜76.1.23号
NO.28 2005年8月7日号  中国・江南のみち [ 蘇州・杭州・紹興・寧波 ] 魯迅を生んだ水の都
【 表紙 】 紹興の街 ( 白谷達也 )
核心抄録 :「 古代中国というのは、文明の巨大な 灯台であった 」/ 「 街道 」を読み解く 28松本健一
ひと目でわかる 中国 ・ 江南のみち ( 旅の時期 : 1981年5月31日〜6月6日 )/
抄録 1 :「 その美しさは、水寂(みずさ)びとも いえるような においがある 」/ その歴史秋山元秀
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 28 臥薪嘗胆 / 抄録 2:「まさに、当時、世界一の都市だったであろう」/
その文化平野久美子 / 司馬さんの風景 28 日用品を考察する司馬さん : 森浩一
『 中国 ・ 江南のみち 』 小事典 / 抄録 3 :「 三江口(さんこうこう) こそ、遣唐使のこちである 」/
その人物魯迅平井博 / その歴史伊原弘 / リレー紀行 28 森まゆみがゆく 「 江南のみち 」/
「 アルバム 」 ( 昭和56年 (1981)5月31日〜 6月6日 写真 長谷忠彦 文 山崎幸雄 )/
司馬さんの参考文献 28東方見聞録 」: 内田忠賢【「 街道 」が書かれた時代 】 1981.7.17号〜
 82.3.12号 / 街道を旅するために「 街道 」の植物 @  ワサビ : 写真 ・ 文 = 木原浩
NO.29 2005年8月14日号  本所深川散歩 赤坂散歩 [ 東京都 ]  江戸っ子の気っぷ
【 表紙 】 新木場、製材工場の夕景 ( 中島優子 撮影協力 : 菱大木材 )
本所深川散歩 核心抄録 :「 とりあえず江戸っ子の産地じゃないか、とおもった 」/
「 街道 」を読み解く 29松本健一
ひと目でわかる 本所深川散歩( 旅の時期:1990年5月20日〜22日 )
  赤坂散歩 ( 旅の時期:1988年10月16日〜18日 )/
本所深川散歩 抄録 1 :「かねを溜めるな、腕をみがけ≠ナなければ、職人はなりたたない 」/
本所深川散歩 その風土北原進 / 本所深川散歩 その文化宮村忠
本所深川散歩 抄録 2 :「 江戸のよさの一つは、地名がいいことである 」/
本所深川散歩 その人物勝海舟堂門冬二 / リレー紀行 29 佐野眞一がゆく 「 本所深川散歩 」/
赤坂散歩 抄録:「 朱漆によく似あって 神寂びた色気さえ感じさせる 」/ 赤坂散歩 その歴史高山慶子
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 29 赤穂浪士と吉良上野介 / 『本所深川散歩』『赤坂散歩』 小事典
「 アルバム 」 本所深川散歩 ( 平成2年 (1990) 5月 写真 青井捷夫 文 村井重俊 )/
司馬さんの風景 29 東京の旅人:辻井喬 / 司馬さんの参考文献 29 「 甲子(かつし)夜話 」:内田忠賢
【「 街道 」が書かれた時代 】 本所深川散歩 1990.9.21号〜12.14号 赤坂散歩 1989.1.27号〜3.31号 /
街道を旅するために / 「 街道 」の植物 A ガジュマル : 写真・文 = 木原浩
NO.30 2005年8月21日号  芸備(げいび)の道 [ 広島県 ]  毛利元就の温和な統治
【 表紙 】 高谷山から望む三次市街 ( 染谷學 )
核心抄録 :「 元就は温和な政治態度をつねにくずさなかった 」/ 「 街道 」を読み解く 30松本健一
ひと目でわかる 芸備の道 ( 旅の時期 : 1979年6月4日〜7日 )/
抄録 1:「(いっそ 農民と一緒に)という思想が最初から元就にあった 」/ その人物毛利元就森本繁
抄録 2 :「 この宗旨がさかんだった地方には民話がほとんど残っていない 」/ コラム水原史雄
コラム岩井三四二「ギャラリー」( 昭和54年(1979)6月4日〜7日 イラスト 須田剋太 文 畠山哲明 )/
司馬さんの風景 30 『 街道をゆく 』の旅立ちまで : 山野博史
抄録 3 :「『 おお、水村(ミスキ)よ 』と、叫んだかもしれない 」/
その人物倉田百三(ひゃくぞう)加藤知見 / その風土古瀬清秀
リレー紀行 30 下重暁子がゆく 「 安芸・備後・石見 」/
黒鉄ヒロシ「 街道 」名場面 30 三矢(みつや)の教え / 街道を旅するために
司馬さんの参考文献 30 「 出雲国風土記 」: 内田忠賢
【「街道」が書かれた時代 】 1979.7.20号〜10.12号 / 「 街道 」の植物 B クスノキ:写真・文 = 木原浩
「 著作書物 」 / 「 紀 行 」 「 街道をゆく 」 1〜10 11〜20 21〜30 31〜43 週刊(1) 週刊(2) 関 連