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「 著 作 書 物 」 / 「 随   筆 」 「 随 筆 集 」 「 推   薦 」 「 競 作 集 」 「 雑   誌 」
〜  S 6 3 H 1  〜 こ の 国 / 風 塵 考 え た こ と

司馬遼太郎が考えたこと

書籍名 : 司 馬 遼 太 郎 が 考 え た こ と  エッセイ 1953.10 〜 1996.2

【 四 六 変 形 判 ? 】
 発行者 : 佐藤隆信 / 発行所 : 新潮社 / 四六変形判 ? ( 132 × 190 ) ・ HC ・ J ・ 帯 /
 印刷所 : 二光印刷 / 製本所 : 大口製本印刷 / カバー画(説明文等付) : 司馬遼太郎
 装幀 : 新潮社装幀室 / 編集協力 : 司馬遼太郎記念財団 / 定価 : 本体 1800円 ( 税別 )

 『 司馬遼太郎が考えたこと エッセイ 1953 〜 1996 』( 全15巻 )は、司馬遼太郎が残した仕事のうち、
   小説、戯曲、対談、鼎談、座談会、講演等 を除き、新聞、雑誌、週刊誌、単行本等に執筆した文章の初出掲載文を
   発行順に配列したものである。
  ただし、『 街道をゆく 』『 ロシアについて 』『 風塵抄 』『 春灯雑記 』 他、同一主題をもって連載し、
   そのまま単行本にまとめられた作品は除いた。/
  講演録、談話等の記事については、司馬遼太郎自身が手を入れ、あるいは眼をとおしたと判断できる作品のみを収録。
 (「 作品譜 」より )

 作品譜 : 掲載誌紙の発行月日、作品名、掲載誌紙名、巻号、収録初刊本の書名( 発行年、出版社名、初刊本収録時に変更した
  場合のみ作品名 )、単行本に初出の作品 : 発行年月、作品名、著者・編者名、書名( 出版社名、初刊本収録時に変更した
  場合のみ作品名 )、特記事項 ―― 資料提供 および「 作品譜 」作成協力 : 山野博史

【 A 6 判 】
 発行者 : 佐藤隆信 / 発行所 : 新潮社 / A6判・SC・J・帯 / 印刷 : 二光印刷 /
 製本 : 憲専堂製本 or 植木製本所 or 大進堂 or 加藤製本 / 作品譜 : 単行本に同じ /
 編集協力 : 司馬遼太郎記念財団 / カバー装画(説明文等付): 司馬遼太郎 / カバー印刷 : 錦明印刷 /
 デザイン : 新潮社装幀室 / 定価 : 本体 667 / 705 / 743 / 590円( 税別 ) //
 カバー 表袖 : 顔写真 & 略歴 有り

   1953.10 〜 1961.10  ///   二〇〇一年九月二十五日 発行
本巻未収録作品血脈相続などあれこれ( 同朋 )− 当文庫 収蔵
無題 − 自己紹介( ユーモア作家クラブ会員名簿 )/
禁制の賛成理由と但書( 吉野風土記 )− 当文庫 収蔵 / 洛北の妖怪寺( 大阪人 )− 当文庫 収蔵
仏教の思想美は文学の宝庫( 中外日報 )/ 三友消息( 三友 )/ 私の発想法( 三友 )/
飛田・釜ヶ崎余情( 週刊文春 )− 当文庫 収蔵 / 雲ヶ畑という妖怪部落( 旅 )− 当文庫 収蔵
(帯 文 : 表)  「 それでも、死はやってくる 」ほか87篇 うち単行本未収録 ・ 65篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎は、歴史と文明、つまりは人間について ありとあらゆる面から思考した。
思考は多種多様の大作に結晶したが、その合いま合いまに、肉声が聞こえる短文を多数のこした。
筆を手にして四十余年、司馬遼太郎の無限に伸縮する脳細胞がやわらかく表出した短文一一〇七篇を、
 年代を追って 収録。
   1953.10 〜 1961.10  ///   平成十七年一月一日 発行
本巻未収録作品無題 −「 梟のいる都城 」連載終了の挨拶文( 中外日報 )− 単行本では第12巻に記載
 他は単行本第1巻に 同じ //
天才かも知れない司馬氏
海音寺潮五郎(「 東京新聞 」朝刊 − 昭和三十五年 )/
生涯を貫く晴朗なはかなさの感覚の根山崎正和(「 毎日新聞 」朝刊 − 平成十三年 )
(カバー 文 : 裏)  歴史と文明、人間について天性の明るい知性で考えぬいた司馬遼太郎が、
 40年以上にわたる創作活動のかたわら書き残したエッセイを、年代を追って収録した集大成シリーズ。
第1巻は、新聞記者時代から、『 梟の城 』で直木賞を受賞する前後まで。
食や大阪、神戸についてのエッセイや、戦争中の極限的経験を綴った「 それでも、死はやってくる 」など、
 若き日の思案をたどる89 篇を収録。
(帯 文 : 表)  巨人・司馬遼太郎のエッセイ集大成!
記者時代から直木賞『梟の城』前後までの89篇を収録。
   1961.10 〜 1964.10  ///   二〇〇一年一一月一五日 発行
本巻未収録作品イタチの乱世( 週刊文春 )/ あんまさんだよ( 週刊文春 )/
講演速記録 : 紀州人について ― 離れえない本願寺との因縁( 大乗 )  以上、当文庫 収蔵
(帯 文 : 表)  「 若い者は悪いか 」ほか115篇 うち単行本未収録・75篇
(帯 文 : 裏)  2001年11月1日、東大阪市に司馬遼太郎記念館オープン!
  司馬さんが愛した町〈 八戸ノ里 : やえのさと 〉の自宅と隣りに立つ作家のこころを体感できる清々しい建築
 [ 安藤忠雄設計 ]―― 近鉄奈良線・八戸ノ里駅より 徒歩10分
   1961.10 〜 1964.10  ///   平成十七年一月一日 発行
本巻未収録作品 : 単行本 に 同じ //  『 司馬遼太郎とそのヒロー 』より : 三浦浩
(カバー 文 : 裏)  日本は高度経済成長時代を迎え、東京オリンピック開催に向けて国中が沸き立っていた。
新聞社を辞め、職業作家として独立した司馬遼太郎は、『 新選組血風録 』『 竜馬がゆく 』『 燃えよ剣
 『 国盗り物語 』など、旺盛な創作活動を開始する。
第2巻は、これら初期傑作の執筆余話のほか、「 若い者は悪いか 」「 戦車と文明 」 等の時代と文明に関する
  評論、後年では稀となった身辺雑記など119篇を収録。
(帯 文 : 表)  職業作家として独立、『 竜馬がゆく 』など執筆期のエッセイ119篇を収録。
(帯 文 : 裏)  「 波 」1月号 より : 関川夏央
   1964.10 〜 1968.8  ///   二〇〇一年一二月一五日 発行
本巻未収録作品アンケート回答( 太陽 )− 当文庫 収蔵 / おまえは低能か( 日本読書新聞 )/
無題(「 野の書 」榊獏山 )− 当文庫 収蔵
戦史に見る薩摩人の知的能力( 大坂の役−日本の戦史F )− 当文庫 収蔵
わがほとけ(「 東洋とは何か 」大坂仏教文化協会 / 講演記録? )− 当文庫 収蔵
大坂人について( なにわ拾遺 第4集 )− 当文庫 収蔵
我が城崎(「 わたしの城崎 」鳥谷晋一郎 )− 当文庫 収蔵 / 無題( 紙なべ 蘆月 しおり )
(帯 文 : 表)  「 平和は難かしい 」ほか121篇 うち単行本未収録・84篇
(帯 文 : 裏)   に 同文
   1964.10 〜 1968.8  ///   平成十七年二月一日 発行
本巻未収録作品 : 単行本 に 同じ //  発刊のころ寺内大吉(「 近代説話 − 複製版 − 」)
(カバー 文 : 裏)  日本は経済大国の仲間入りを果たし、「 昭和元禄 」の繁栄が始まった。
司馬遼太郎は、『 国取り物語 』『 関ヶ原 』など大作を次々に発表、1968( 昭和43 )年には
 『 竜馬がゆく 』がNHK大河ドラマとなり国中の喝采を得る。
第3巻は、執筆の 内輪を明かす「 歴史小説を書くこと 」、ベトナム戦争の泥沼に足を踏み込む
  アメリカと安穏とする日本を対比した「 平和は難しい 」など129篇を収録。
(帯 文 : 表)  『 国盗り物語 』 『 関ヶ原 』など旺盛な創作期のエッセイ129篇を収録。
   1968.9 〜 1970.2  ///   二〇〇二年一月一五日 発行
本巻未収録作品 : 講演記録 : 対流のよい社会 − 日本歴史をふりかえって
 (「 みんなで日本を考えよう 」あすの日本をつくる会仮事務所 )/
アンケート回答( 私とこの一冊「 読書のすすめ−ことしの良書一〇〇選 」)/
談話記録 : 真宗教団の電池はきれている( 真宗 )− 当文庫 収蔵
(帯 文 : 表)  「 小さな希望 」ほか72篇 うち 単行本未収録・33篇
(帯 文 : 裏)   に 同文

   1968.9 〜 1970.2  ///   平成十七年三月一日 発行
本巻未収録作品 : 単行本 に 同じ //
辺境民族への夢か赤尾兜子(「 日本読書新聞 」昭和四十三年 )
(カバー 文 : 裏)  吹き荒れる学園紛争の嵐は頂点に達し、'69年1月、東大安田講堂に機動隊が出動した。
このころ、司馬遼太郎は新聞小説『 坂の上の雲 』を連載。
さらに『 城塞 』『 花神 』など次々と長篇の執筆に取りかかる。
第4巻は、「 戦後、日本という国家が軽くなったので学生たちはやるせないのかもしれない 」と嘆ずる
 「 軽い国家 」等、世情騒然とする中、ゆるぎない歴史観をもとに綴ったエッセイ65篇を収録。
(帯 文 : 表)  『 坂の上の雲 』執筆期の透徹した国家論などエッセイ65篇を収録。
   1970.2 〜 1972.4  ///   二〇〇二年二月一五日 発行
本巻未収録作品 : 講演録 : 歴史の中の生きがい( 週刊・朝日ゼミナール )/
談話記事 : 冷静でありたい − ある程度予感していた( 産経新聞大阪版 夕刊 )
(帯 文 : 表)  「 日本的権力について 」ほか62篇 うち単行本未収録・37篇
(帯 文 : 裏)   に 同文


   1970.2 〜 1972.4  ///   平成十七年四月一日 発行
本巻未収録作品 : 単行本 に 同じ //
司馬文学について
桑原武夫(「 産経新聞 」昭和四十三年 )
(カバー 文 : 裏)  1970( 昭和45 )年、大阪万国博覧会が開催され、
 日本は平和と繁栄を謳歌する時代に入った。
いっぽうこの頃、よど号乗っ取り事件や浅間山荘事件など世の中に衝撃を与える事件が相次ぐ。
司馬遼太郎は『 世に棲む日日 』『 城塞 』『 覇王の家 』などを執筆、
 さらにライフワーク『 街道をゆく 』の連載も開始した。
第5巻は三島由紀夫の割腹自殺について論じた「 異常な三島事件に接して 」など65篇を収録。
(帯 文 : 表)  『 世に棲む日日 』『 城塞 』執筆期三島割腹事件についてのエッセイなど65 篇を収録。
   1972.4 〜 1973.2  ///   二〇〇二年三月一五日 発行
本巻未収録作品 : 無 し
(帯 文 : 表)  「 戦車の壁の中で 」ほか37篇 うち単行本未収録・16篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎記念館オープン! 住所等省略


   1972.4 〜 1973.2  ///   平成十七年五月一日 発行
本巻未収録作品 : 無 し //  司馬遼太郎と朝鮮上田正昭(「 古代学とその周辺 」人文書院 )
(カバー 文 : 裏)  '72年7月、田中角栄が総理に就任、国中が列島改造ブームに沸くが、
 これは地価高騰とインフレを促進する結果となった。
このころ司馬遼太郎は『 花神 』を刊行。
'73年、『 国取り物語 』がNHK大河ドラマになり、「 国民作家 」の名が定着する。
この巻は連載完結の「『 坂の上の雲 』を書き終えて 」の他、戦争時代の体験から
 日本の奇妙さに思いを馳せる「 戦車の壁の中で 」など39篇を収録。
(帯 文 : 表)  『 花神 』『 坂の上の雲 』を完結、国民作家の名が定着したころのエッセイ39篇を収録。
(帯 文 : 裏)  「 戦車の壁の中で 」より : 省略
   1973.2 〜 1974.9  ///   二〇〇二年四月一五日 発行
本巻未収録作品 : 無 し
(帯 文 : 表)  「 自分の作品について 」ほか57篇 うち単行本未収録・30篇
(帯 文 : 裏)   に 同文


   1973.2 〜 1974.9  ///   平成十七年六月一日 発行
本巻未収録作品著者のことば(「 司馬遼太郎の本 」新潮社宣伝チラシ )− 上記単行本では収録 //
司馬遼太郎の美学
亀井俊介(「 中央公論 」昭和四十九年 )
(カバー 文 : 裏)  '73年10月、第四次中東戦争が勃発、日本中に石油ショックの激震が走った。
町からネオンが消え、主婦はトイレットペーパーを求めて奔走、世間に漠然とした“終末観”が流れる。
このころ司馬遼太郎は『 空海の風景 』の連載を開始。
いっぽうベトナムなど活発に海外を旅行して、文明と文化に関する独自の考察を深めた。
この巻にはルバング島帰還兵 ・ 小野田寛郎氏への戸惑いを綴る「服従について 」など58篇を収録。
(帯 文 : 裏)  「 自己と相手への認識 」より : 省略
(帯 文 : 表)  『 空海の風景 』のころ  文明と文化の独自な考察などエッセイ58篇
   1974.10 〜 1976.9  ///   二〇〇二年五月一五日 発行
本巻未収録作品無題 :「 空海の風景 」著者インタビュー( 現代 )− 当文庫 収蔵
講演録 : 東アジアの中の日本( 日本のなかの朝鮮文化 )− 当文庫 収蔵
あとがき(「 樹霊 」司馬遼太郎他 )− 当文庫 収蔵
(帯 文 : 表)  「 一つの錬金機構の潰え 」ほか63篇 うち 単行本未収録・34篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎は、歴史と文明、つまりは人間についてありとあらゆる面から思考した。
思考は多種多様の大作に結晶したが、その合いま合いまに、肉声が聞こえる短文を多数のこした。
筆を手にして四十余年、司馬遼太郎の無限に伸縮する脳細胞がやわらかく表出した
 短文 一〇〇〇余篇を、年代を追って収録。
   1974.10 〜 1976.9  ///   平成十七年七月一日 発行
本巻未収録作品 : 単行本 に 同じ //
司馬遼太郎 そのすぐれた感性と歴史観足立巻一(「 本の本 」昭和五十一年 )/
一枚の絵上村洋行(「 藝術新潮 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '74年12月、田中角栄首相が金脈問題で退陣した。
このころ司馬遼太郎は『 播磨灘物語 』『 翔ぶが如く 』などを刊行。
また「 列島改造論 」に象徴されるように国中が「 民族をあげて不動産屋になった 」状況に危機感を抱き、
 手作りの対談集『 土地と日本人 』をまとめる。
この巻は、日本作家代表団の一員として戦後初訪問した中国の印象記や、
 田中角栄の功罪を論じた「 一つの錬金機構の潰え 」など67篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 土地と日本人 』のころ  田中角栄についての論評などエッセイ67篇を収録。
(帯 文 : 裏) ファン必読の司馬遼太郎エッセイ集大成( 全15巻 )
全1095篇中、642篇は既刊文庫未収録!
   1976.9 〜 1979.4  ///   二〇〇二年六月一五日 発行
本巻未収録作品 : 無 し
(帯 文 : 表)  「 竹ノ内街道こそ 」ほか73篇 うち 単行本未収録・54篇
(帯 文 : 裏)   に 同文



   1976.9 〜 1979.4  ///   平成十七年八月一日 発行
本巻未収録作品 : 無 し //
司馬遼太郎さんへのレクイエム
青木彰(「 総合ジャーナリズム 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '78年8月、日中平和友好条約が調印され、中国との国交が 回復した。
いっぽう国内は第二次石油ショックなどの影響で経済が停滞、「 不確実性の時代 」が流行語となる。
このころ司馬遼太郎は『 翔ぶが如く 』の刊行を完結、『 胡蝶の夢 』の連載を開始した。
この巻は、「 新彊ウイグル自治区を訪ねて 」や日本と中国の成り立ちを対比して考察した
 「 砂鉄がつくった歴史の性格 」など73篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 翔ぶが如く 』のころ  中国辺境の紀行などエッセイ73篇を収録。
(帯 文 : 裏) ファン必読の司馬遼太郎エッセイ集大成(全15巻)  全1095篇中、642篇は既刊文庫未収録!
 10  1979.4 〜 1981.6  ///   二〇〇二年七月一五日 発行
本巻未収録作品 : 無 し
(帯 文 : 表)  「 人間の中のシルクロード 」ほか55篇 うち単行本未収録・40篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎記念館へ! 住所等 省略



 10  1979.4 〜 1981.6  ///   平成十七年九月一日 発行
本巻未収録作品メッセージ(「花とブルゴーニュ 三岸節子新作展」パンフレット )− 単行本では15に記載
//  司馬曼荼羅陳舜臣(「 小説新潮 」昭和五十五年 )/
浅葱裏 − ある日の司馬さん田辺聖子(「 文藝春秋 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '80年代を迎えた日本は「 成熟社会 」に入った。
自動車摩擦で政府が対米輸出自主規制に踏み切るいっぽう、国内では「 新宿バス放火事件 」、
 「 金属バット殺人事件 」など悲惨な事件が相次ぐ。
このころ司馬遼太郎は『 胡蝶の夢 』『 項羽と劉邦 』を刊行、さらに『 人びとの跫音 』の連載を開始した。
この巻は多彩な文学・美術論や「 天山の麓の緑のなかで 」等のシルクロード紀行など55篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 項羽と劉邦 』のころ  シルクロードの長文紀行などエッセイ55篇を収録。
(帯 文 : 裏) 「 私の関東地図 」より : 省略
 11  1981.7 〜 1983.5  ///   二〇〇二年八月一五日 発行
本巻未収録作品 : 無 し
(帯 文 : 表)  「 昭和五年からの手紙 」ほか54篇 うち単行本未収録・40篇
(帯 文 : 裏)   に 同文



 11  1981.7 〜 1983.5  ///   平成十七年十月一日 発行
本巻未収録作品 : 無 し //  司馬遼太郎の原点鶴見俊輔(「 週刊朝日別冊 」平成八年 )/
ある選考会の夜谷沢永一(「 歴史街道 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '82年2月、ホテル・ニュージャパン 火災、日航機羽田沖墜落が相次いで発生。
同年9月には三越事件で岡田社長が退陣、企業のモラルを問われる事件が続いた。
このころ 司馬遼太郎は『 菜の花の沖 』を刊行、『 箱根の坂 』の連載を開始。
芸術院会員に選ばれながら、なお旺盛な創作活動を続けている。
この巻は、武士の生活について書いた「男子の作法」「六三郎の婚礼」の他、上方論、作家論など55篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 菜の花の沖 』のころ  武士についてのエッセイや上方論、作家論など55篇
(帯 文 : 裏) 「 タンポポ 」より : 省略
 12  1983.6 〜 1985.1  ///   二〇〇二年九月一五日 発行
本巻未収録作品光明の展開(「 薩摩焼宗家十四代 沈壽官展 」図録 )− 当文庫 収蔵
無題 :「 梟のいる都城 」連載終了の挨拶文( 中外日報 )
(帯 文 : 表)  「 訴えるべき相手がないまま 」ほか64篇 うち単行本未収録・28篇
(帯 文 : 裏)   に 同文


 12  1983.6 〜 1985.1  ///   平成十七年十一月一日 発行
本巻未収録作品光明の展開 − 上記単行本12に同じ / 無題 − 文庫本に収録 //
キャンベラの司馬さん
井上ひさし(「 司馬遼太郎全集 第三十三巻 」 月報 )/
司馬遼太郎さんとテキ儻不羈(テキトウフキ)森浩一(「 週刊朝日別冊 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '83年10月、ロッキード裁判一審で田中角栄元首相に懲役4年、
 追徴金5億円の実刑判決が下りた。
'84年3月には「 グリコ事件 」が発生、「 劇場型犯罪 」が世間を騒がせる。
このころ司馬遼太郎は『 箱根の坂 』を刊行、『 韃靼疾風録 』の連載を開始している。
この巻は、「 捨てられかけた日本語 」「 文章における耳と目 」等の日本語論、
 環境問題を論じた「 訴えるべき相手がないまま 」など63篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 箱根の坂 』のころの日韓関係論や環境論などこの国の将来を憂える63篇
(帯 文 : 裏) 「 訴えるべき相手がないまま 」より : 省略
 13  1985.1 〜 1987.5  ///   二〇〇二年十月一五日 発行
本巻未収録作品 : 講演録要約 : 歴史と資料 −「 大阪府公文書館開館記念 」講演( 大坂あーかいぶす )/
多様な光体(「 沈壽官展 」図録 )− 当文庫 収蔵 / このまちに住んで( 東大坂市政だより )
(帯 文 : 表)  「 並みはずれた愛 」ほか52篇 うち単行本未収録・30篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎記念館へ!  住所等 省略


 13  1985.1 〜 1987.5  ///   平成十七年十二月一日 発行
本巻未収録作品歴史と資料このまちに住んでは上記単行本13に同じ / 多様な光体は本巻に収録 //
司馬さんの国際性
ドナルド・キーン(「 週刊朝日別冊 」平成八年 )/
司馬遼太郎の「 新宿 」リービ英雄(「 週刊朝日別冊 」平成八年 )
(カバー 文 : 裏)  '85年9月、プラザ合意が成立。
急速な円高が進行し、日本はバブル景気に沸き返った。 いっぽう豊田商事会長刺殺など経済事件も多発。
このころ司馬遼太郎は『 アメリカ素描 』を連載、また『 この国のかたち 』の執筆を開始している。
'87年、『 ロシアについて − 北方の原形 』で読売文学賞を受賞。
この巻は、「 義経と静御前 」「 時代を超えた竜馬の魅力 」「 私の古代像 」や近藤紘一への弔辞など54篇
(帯 文 : 表) 『 アメリカ素描 』のころ  バブル景気に警鐘を鳴らすエッセイ54篇を収録。
(帯 文 : 裏) ファン必読の司馬遼太郎エッセイ集大成( 全15巻 )
全1095篇中、642篇は既刊文庫未収録!
 14  1987.5 〜 1990.10  ///   二〇〇二年一一月一五日 発行
本巻未収録作品 : メッセージ : よき国土を(「 緑の文明 '87V 」第六号 )/
天爵を感ずる場所(「 喫茶 美術館 」チラシ )− インターネットで「 喫茶・美術館 」と入力・検索すると、
  ページ検索結果の中に「 喫茶・美術館 」が表示されます。
クリックすると「 当該チラシ? 」が表示されます。/
メッセージ :「 坂本龍馬先生銅像建設発起人物故者追悼会 」によせて
 ( 発起人朗読用原稿 : 活字化等禁止されている )
(帯 文 : 表)  「 なによりも国語 」ほか70篇 うち単行本未収録・38篇
(帯 文 : 裏)   に 同文
 14  1987.5 〜 1990.10  ///   平成十八年一月一日 発行
本巻未収録作品 : 上記単行本14に同じ //
にじみ出る人間への愛情
五百旗頭真(「 産経新聞 」朝刊 平成八年 )/
資料を生で読むひと松本健一(「 司馬遼太郎全集 第五十二巻 」月報 )
(カバー 文 : 裏)  '89年1月、昭和天皇崩御。 元号は平成に変わった。
'90年1月、株式が大暴落。 「 バブル崩壊 で日本経済は低迷の時代を迎える。
このころ 司馬遼太郎は 『韃靼疾風録』を刊行、『街道をゆく』の取材でイギリス、オランダ等を旅行している。
この巻は、昭和天皇への思いを綴った「 空に徹しぬいた偉大さ 」、
 小学校国語教科書のために執筆した「 二十一世紀に生きる君たちへ 」など70篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 韃靼疾風録 』のころ教科書のために書いた「 二十一世紀に生きる君たちへ 」など70篇
(帯 文 : 裏) 「 二十一世紀に生きる君たちへ 」より : 省略
 15  1990.10 〜 1996.2  ///   二〇〇二年一二月一五日 発行
本巻未収録作品メッセージ(「 花とブルゴーニュ 三岸節子新作展 」パンフレット )− 当文庫 収蔵
講演記録 : 建築は芸術の最先端(「 JIA NEWS 」通巻48号 )
(帯 文 : 表)  「 日本人の二十世紀 」ほか105篇 うち単行本未収録・70 篇
(帯 文 : 裏)  司馬遼太郎は、歴史と文明、つまりは人間についてありとあらゆる面から思考した。
思考は多種多様の大作に結晶したが、その合いま合いまに、肉声が聞こえる短文を多数のこした。
筆を手にして四十余年、司馬遼太郎の無限に伸縮する脳細胞がやわらかく表出した短文一〇九五 篇
 ( うち初収録 六八〇 篇 )
を、年代を追って掲載。
 15  1990.10 〜 1996.2  ///   平成十八年二月一日 発行
本巻未収録作品メッセージ − 文庫版10に記載 / 建築は芸術の最先端 − 上記単行本15に同じ //
司馬遼太郎さんのこと
宮城谷昌光(「 季刊 歴史ピープル 」平成八年 )/
『 司馬遼太郎の「 かたち 」』まえがき関川夏央
(カバー 文 : 裏)  '95年1月、阪神・淡路大地震、3月には地下鉄サリン事件と大惨事が続く。
司馬遼太郎は『 街道をゆく 』『 この国のかたち 』『 風塵抄 』の連載のなかばにして、'96年2月12日夜、
  腹部大動脈瘤破裂のため急逝した。 享年72。
この巻は、被災者を励ます「 世界にただ一つの神戸 」、小説家になった動機を明かす
 「 なぜ小説を書くか 」「 二十二歳の自分への手紙 」など絶筆までのエッセイ95篇を収録。
(帯 文 : 表) 『 この国のかたち 』のころから絶筆までの95篇を収録。
(帯 文 : 裏) 「 二十二歳の自分への手紙 」より : 省略
「 著 作 書 物 」 / 「 随 筆 」 「 随 筆 集 」 〜 S63 H 1 〜 この国 / 風塵 考えたこと